改組新第三回日展開催に寄せて④-2|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2016年11月18日 / 新聞掲載日:2016年11月18日(第3165号)

改組新第三回日展開催に寄せて④-2

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二〇一六年一〇月二八日から一二月四日まで国立新美術館で「改組新第三回日展」が開催される。日展は日本画、洋画、彫刻、工芸美術、書など約三〇〇〇点の新作・入選作が全国から集まり一堂に展示される。本紙では「改組新第三回日展開催に寄せて」と題し全四回で理事長はじめ日展作家のインタビューを掲載する。文責は美術ライターの松井文恵氏にお願いした。(編集部)

会 期:2016年10月28日(金)~12月4日(日)
時 間:10時~18時(入場は17時30分まで)
場 所:国立新美術館(港区六本木7-22-2)
入場料:一般1200円/高・大学生700円(小・中学生は無料)
休館日:火曜日
日本画家 森 美樹 

心から描きたいものを描く
《風音》2016年改組新第3回日展出品作品


多感な子ども時代に、童話で見たような美しいドイツの小さな町で一年過ごした森さん。

ルネサンス時代のフレスコ画を思わせるような美しい絵肌と茶系の色のルーツを尋ねると「出身地、徳島の土の色かもしれません」という答えが返ってきた。もともと古色を帯びた色が好きだったこともある。日本画で使う岩絵の具は粒子があるので、そうした特徴や質感を生かしたいと考えている。

徳島に生まれ育った森さんは、幼少の頃、自分の中の言葉にならないものを表現したいという気持ちが芽生え、いつか表現できるようになりたいと思ったという。
高校までは油絵を描いていたが、当時徳島で開かれた日展の日本画に感銘を受け、自分の描く絵柄が日本画に向いていると直感。武蔵野美術大学で日本画を学ぶ。心から描きたいものを描きたいと、大学院を卒業後しばらくしてから、自由で作風が幅広い日展に出品することになる。二〇〇七年に「十月の贈りもの」で特選を受賞。二〇一三年の特選「姿」は路傍で不思議と引きつけられたアジサイを描いた。常に心震えた感動をなんとか表現したい気持ちが原動力になっている。
洋画家 小川 満章 

絵に救われた経験を生かして
《室内》2016年改組新第3回日展出品作品

新聞記者であった両親のもとに岐阜で生まれ、子どものころから絵を描くのが好きだった小川さんは、大学卒業後、関東でデザイン系の会社に就職した。しかし、まもなく運命を変えるできごとが起きた。二十三歳の時、父が他界し、その半年後に母も他界してしまったのだ。そのできごとは余りに大きく、絵を趣味ではなく身を削ってでもやっていこうと強く決意させた。

孤独や絶望のなかで絵に救われるという経験をした小川さんは、絵を見に行っても、自問自答を繰り返して描いている作品が最も心に響いたという。その後結婚して三人の子どもに恵まれ、絵を教えながら自らの制作に励む。

日展を目標として描き続け、十年間の何もない期間を経て三十五歳で初入選。制作に際しては、いつも感じたままに描こうと努めている。

日展で二〇〇九年、二〇一三年と特選を受賞してからは、出会いも広がった。
「ふだん子どもに絵を教えるなかで、自分で感じたとおりに真剣に描き続ける中で人としての感じ方が育つこと、美しいものに感じる心を持つことは生きていく上で大切で、絵は人にとって必要なものだと伝えたい」と語る。
彫刻家 寺山 三佳 

粘土は自由で、気づきながらできあがる
《音色―Happy Feeling》2016年
改組新第3回日展出品作品

現代の中性的な細身の若者の姿を具象彫刻で表現し、注目を集める寺山さんは、東浦和のアトリエで制作に励む。

高校時代はテキスタイルを目指していたが、地元の埼玉大学教育学部に入学。市村緑郎教授のもと、卒業制作で彫刻を選んだことから彫刻の世界へ。その後東京学芸大学の大学院で橋本堅太郎先生に師事。良きふたりの師に恵まれ、大学院で二回日展に入選している。

その後百貨店に就職。営業企画で猛烈に仕事をする中、気がつくと彫刻をやめていた。

数年後に花屋に転職した後、また転機が訪れた。有楽町マリオンで開かれる日彫会の選抜展に出しませんかと声がかかったのだ。七年のブランクがあった。しかし恩師や職場の社長の応援もあり、仕事と両立してまた彫刻を始めることになった。一年間はリハビリで二年後に日彫展に、また一年経って恩師から「そろそろ出すか」と言われ日展に出品。今日まで落選したことはないという。
「粘土自体は自由で、気づきながらできあがっていく。粘土で『何かを作っている』ことが楽しくなっていく」と語る。枕木や鉄板、発泡スチロールを使うなど作品の幅は広がっている。
陶芸家 南 正剛 

北海道の厳しい自然が生み出す文様にかける
《氷裂 2016《2016年改組新第3回日展出品作品

北海道旭川美瑛町に「皆空窯」を構え三十二年目を迎えた南正剛さん。一年のうち半分が寒さと雪の闘いになる北海道で、零下十五度から二十度でなければ作り出せない文様の陶芸作品「氷裂」を生み出した。

陶芸と出会うまでには紆余曲折があった。北海道の大学を中退して世界各地を放浪。東南アジアから北欧、南欧を経て最後にインドに戻るが、肉体的経済的に落ち込み日本山妙法寺で暫く過ごすことに。そのときヨーグルトを入れていた器に惹かれた。それがきっかけで、二十六歳で瀬戸窯業高等学校陶芸専攻科へ進む。寝る間も惜しんで作陶に打ち込み、瀬戸で「皆空窯」を立ち上げ、陶芸品の販路を開拓。広い工房を求めて北海道に移り、自分たちのブランドを作りあげようと夢中で仕事をした。工房は富良野に住む倉本聰さんのテレビドラマの舞台になったこともある。様々な出会いも生まれていった。

日展には一九九四年に初入選。二〇一五年に「氷裂」で特選を受賞。北海道で焼き物をやる意味を問い続けて試行錯誤の末に出た答えだった。「苦労を乗り越えて作品ができたときの喜びは何物にも代えがたい」と語る。
書家 吉澤 劉石 

病床の父からもらった手紙
《川音》2016年改組新第3回日展出品作品

吉澤さんは茨城県の書家の家に生まれ、自然に書を志すようになった。男四人兄弟の三人までが日展で作品を発表している。父と兄弟は漢字作家だが、父の勧めもあり仮名作家を目指した。

大東文化大を卒業後、大阪の高校に勤務。二年目からは仮名を伊藤鳳雲先生に師事する。三十六歳の年齢差にいつも緊張の連続だったという。入選できない年が続いたが、八年目に初入選。「跳び上がるような喜びはいまだに覚えています」。

日展に入選して二年目に病床の父からもらった手紙に衝撃を受けた。若い頃父が書いた仮名文字が真っ赤に直された手紙だった。父も仮名を学んでいたことがわかった。父からの手紙が何よりの宝である。父が亡くなってからは兄弟三人が「十一月に上野でまた来年逢おう!」が暗黙の合い言葉となった。

仮名の魅力は線、墨、形の三要素。絵画的な世界や立体的な世界も持っていて行のゆがみやゆれが心地よく響いてくる。よい作品とは「温故知新の精神を持ち伝統を踏まえながら新しい息吹を感じさせつつ、格調高く、未来に受け継がれるような作品」。その理想に向かっていく。
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