わたしの服の見つけかた クレア・マッカーデルのファッション哲学 書評|クレア マッカーデル(アダチプレス)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月26日 / 新聞掲載日:2019年1月25日(第3274号)

先駆者のモード哲学の本
気取りのない、明るく健康的な

わたしの服の見つけかた クレア・マッカーデルのファッション哲学
著 者:クレア マッカーデル
翻訳者:矢田 明美子
出版社:アダチプレス
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 クレア・マッカーデルは、アメリカの既製服デザイナー。一九四〇年代から五〇年代にかけて活躍した。日本では彼女の名前を知る人は少ないかもしれない。しかし、女性たちが社会に進出し、のびやかに活躍し始めたあの時代に、マッカーデルの自由で機能的な発想のデザインは、大量生産の既製服に大きい影響を与えた。服飾史を語る時に欠かせない存在であることは、一九八七年、ニューヨークFIT(ファッション工科大学)の「三人の女 マドレーヌ・ヴィオネ、クレア・マッカーデル、川久保玲」展からもよくわかる。ジャージーやデニムなどスポーツウエアからの素材使い、細かいサイズ展開のいらないアイデア、さまざまな体型の人に対応できる紐使いの服、など、現代の私たちにはごく当たり前のものをマッカーデルが先がけていることに驚く。

そんな時代の先駆者のモード哲学の本(オリジナル版は一九五六年刊行)ということで、いきごんで読み始めたら、あら? 想定外。気取りのない、おしゃれに関するおしゃべりの一冊。こんなに正直でいいのかしら、というくらいあけっぴろげに自分のワードローブを紹介して、服選びの基本を実に具体的に語りつくしている。服を作る側からとしても、買う側、着る側としても。もちろん、時代は一九五〇年代。ツイードやジャージー素材の服を着ていたら眉をひそめる親戚のおばさまとお茶をする時はどうしたらいいか、とか、白い手袋の買い方を解説されたりすると、一瞬、戸惑う。でも、それがおもしろい。イブニングコートについて六ページも続いても、「まいったなあ」とは思わない。どんどん続けて!とさえ思う。その理由は、まず第一が、女性たちが自立し始めた時代背景がベースにあること。「わたしは自分でジッパーをあげさげしたい」「夕食を料理しながら、お客様を迎えられるドレスがほしい」 職業婦人はまだ少なかったかもしれないけれど、明るく健康的な発想は今の私たちに素直に引き寄せて受けとめられる。『赤毛のアン』や『若草物語』のジョーの末裔の奮闘記のようにも読める。いつの時代にもアンビシャスガールはいるんだなあ、と。「いいアイデアなら大衆が利用する、これはアメリカの伝統です」と言いきれるデザイナーはまぶしい。戦場にならなかった戦勝国の女性らしく、屈託がない。

第二の理由は、昔かたぎでありながら、自分らしさを大切に考えるマッカーデルのおしゃれ談義は、洋装の基本を教えてくれる祖母がいなかった(一部の上流階級はのぞく)私たち日本人には、今さらながら、しみじみうれしく読める。これと似た喜びをどこかで経験したな、と記憶を探ってみると、それは幸田文のきものについての随筆だった。「たいしたことは言ってませんよ。ただ、これくらいは知っていて損にはなりませんよ」と言った語り口。すなおに「はい、おばあさま」と耳を傾ける気持になったものだ。この本が今でもアメリカで読み継がれているということだが、似たような背景があるのだろうか。ちなみに幸田文は一九〇四年生まれ。マッカーデルと一歳違い!
口絵のカメラマンクレジットに、リチャード・ラトリッジの名があった。彼は来日して、創刊間もない「暮しの手帖」でファッション写真を撮っていた。ファッション誌「ハイファッション」の創刊にアートディレクターとしても参画。その彼が、日本の編集者たちにマッカーデルのこの本を見せたかもしれない、という空想も楽しい。この本は、アメリカ版「すてきなあなたに」とも言えるかもしれない。
この記事の中でご紹介した本
わたしの服の見つけかた クレア・マッカーデルのファッション哲学/アダチプレス
わたしの服の見つけかた クレア・マッカーデルのファッション哲学
著 者:クレア マッカーデル
翻訳者:矢田 明美子
出版社:アダチプレス
以下のオンライン書店でご購入できます
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