唯言(ゆいごん)戦後七十年を越えて 書評|山田 悦子(鹿砦社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月26日 / 新聞掲載日:2019年1月25日(第3274号)

唯言(ゆいごん)戦後七十年を越えて 書評
国家の答責を問い続けること、 意見の違いで立ち止まらないこと

唯言(ゆいごん)戦後七十年を越えて
著 者:山田 悦子、弓削 達、関屋 俊幸、高橋 宣光、玉光 順正
編集者:高田 千枝子
出版社:鹿砦社
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 『唯言』と書いて「ゆいごん」と読む。この本のもとになったのは、二〇一七年の五月に出た、わずか三〇〇部の自費出版物だったという。アジアに対する日本の戦争責任(答責問題)をテーマとした論集である。六人の執筆者による共著の形をとっているが、山田悦子さんの文章や発言が、論集全体の基調になっているという印象がある。

本書を読んで、驚いたことがふたつ、考えさせられたことがひとつある。驚いたことの第一は、山田悦子さんの視点の鋭さである。
――日本にとって敗戦は被害ですが、アジアには日本の侵略からの解放であったという、客観的な見方を、日本人は出来ていませんね。日本は、ヨーロッパの一員でもなければ、アメリカの一州でもないわけで、歴然としたアジアの一員なのですから、アジアに対する客観的な歴史認識を持たなければ、アジアに信頼される国にはなれません。

「座談会第2部」における山田さんの発言である。また、山田さんは、本書の「出版に寄せての序」で、金丸信自民党副総裁失脚事件(一九九二)の背景を指摘している。ハッとすると同時に、「さもありなん」と思わされた。よく知られるように、山田悦子さんは、甲山冤罪事件の被害者である。同事件で日本の警察・司法の実態に直面したことから、国家の「無答責性」について疑問を持った山田さんは、日韓の研究者、ジャーナリストに呼びかけ、一九九一年に日本答責会議を設立している。

もうひとつ驚いたのは、弓削達さん(故人)の講演の予見性である。この講演は、一九九六年の答責会議シンポジウムでおこなわれたものだという。タイトルは「ローマ帝国から日本帝国を見る」。二〇年以上前の講演だが、昨今の日本における「ヘイト活動」を予見し、また、二〇一七年のトランプ政権の誕生を予見しているかのごとき内容になっている。

考えさせられたのは、本書がおこなっているような問いかけが、政治家、ジャーナリズム、国民の間に、あるいは市民運動家の間においてすら、容易には浸透してゆかないという厳しい現実があるということである。難しい問題だが、基本的には、「意見の違いで立ち止まらない」(関屋俊幸さんの言葉、本書「はじめに」)という精神を貫きながら、議論を深めてゆく以外ないのだろう。(こいしかわ・ぜんじ=在野史家・歴史民俗学研究会代表)
この記事の中でご紹介した本
唯言(ゆいごん)戦後七十年を越えて/鹿砦社
唯言(ゆいごん)戦後七十年を越えて
著 者:山田 悦子、弓削 達、関屋 俊幸、高橋 宣光、玉光 順正
編集者:高田 千枝子
出版社:鹿砦社
以下のオンライン書店でご購入できます
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