中野重治・堀田善衞 往復書簡 1953-1979 書評|竹内 栄美子(影書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年1月26日 / 新聞掲載日:2019年1月25日(第3274号)

中野重治・堀田善衞 往復書簡 1953-1979 書評
混乱期の戦後社会で、二人の作家が どのように格闘して生きたのか

中野重治・堀田善衞 往復書簡 1953-1979
著 者:竹内 栄美子
編集者:丸山 珪一
出版社:影書房
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 作家堀田善衛に関する書籍の出版が相次いでいる。上海で敗戦を迎えた堀田は、「乱世に生きる強靭な文学作品」を遺した。池澤夏樹・吉岡忍・鹿島茂・大高保二郎・宮崎駿他の『堀田善衞を読む―世界を知り抜くための羅針盤』(集英社新書、二〇一八年一〇月)の表紙カバーには、宮崎の「お前の映画は何に影響されたのかと言われたら、堀田善衞と答えるしかありません」という言葉が大書されている。宮崎にとって、堀田は「海原に屹立している、輝く尖った巖のような人」で、「現代の歴史とか、経済情勢の波の上に立って動かない存在」であったという。

堀田百合子『ただの文士―父、堀田善衞のこと』(岩波書店、二〇一八年一〇月)は、「田植えのように夜中トントンと万年筆で原稿を埋めていく父」の生き方が娘の視点から描かれていて興味深い。

陳童君『堀田善衞の敗戦後文学論―「中国」表象と戦後日本』(鼎書房、二〇一七年一〇月)は、侵略戦争に対する戦争責任を問い続けた堀田の文学を正面から論じた研究書である。一九三七年一二月の南京事件を中国知識人の視点から描いた小説『時間』に関する論考が収録されている。

二〇一八年に生誕一〇〇年を迎えた堀田は、中野重治より一六歳年下に当たる。アジア諸国に対する侵略戦争の責任を追及し、植民地支配の負債を贖うことが戦後日本社会の再出発に当たって不可欠である―これが中野と堀田に共通する切実な問題意識であった。

東西冷戦構造下で西側陣営に与し、対米追従路線を邁進することによって、侵略戦争の責任追及から身をかわすことに成功したかのようにみえた戦後日本社会に対して、その無責任さと道徳放棄をだれよりも厳しく問い直したのが中野重治であった。

本書には、中野から堀田に宛てた四六通と、堀田から中野に宛てた三六通とを合わせた八二通の書簡が収録されている。そのなかにはこれまで未発表のものが六一通含まれている。本書は、スターリンが死去し朝鮮戦争の休戦協定が結ばれた一九五三年から、中野が死去する一九七九年までの二六年間、朝鮮戦争や中国国交回復問題など国内外で混乱が続いた戦後社会で、二人の作家がどのように格闘して生きたのかが伝わる往復書簡集である。

本書に登場する国際問題の一つが、アジア・アフリカ作家会議(AA作家会議)が中ソ論争で分裂したために混乱した同会議日本協議会の運営問題であった。一九六六年の分裂による北京緊急大会とバクー緊急大会の後、日本では、親中派の「北京派」と、日本共産党の「自主独立派」、新日本文学会の「リエゾンコミティ(連絡事務所)派」の三派に分かれた。このような状況におかれ、堀田は同会議日本協議会の事務局長を辞任した。このときの経緯が往復書簡のなかで触れられている。

本書のなかで、とりわけ注目したい内容は、一九六八年八月、ソ連東欧五カ国軍がチェコソロバキアに侵攻し、「プラハの春」を蹂躙する事件が発生していた時期の往復書簡である。丸山眞男や久野収たちは軍事侵攻に対する抗議声明を出すことを決め、堀田にも署名を求めた。

ところが堀田はその当時、ソ連作家同盟からタシュケントでのAA作家会議一〇周年記念集会の出席要請を受けていた。まずは現地を自分の目でたしかめてみたい、と考えた堀田はすぐには署名せず、記念集会に出席することにした。

六八年一〇月一五日中野宛書簡のなかで、堀田は「ソヴェトの知識人たちの苦しみ方というものは、話していてこちらが怖ろしくなるほどに深くて苦しいものです。一言で言つて、上層部はいつたい何をしてくれたのか、ということ」であったと伝えている。市民が協力して培ってきた文化交流を、「上層部」の政治がまたたく間に破壊してしまったのである。堀田は記念集会の席上、ソ連軍のチェコ侵攻を非難する発言をした。

他方、中野は六八年八月二三日の堀田宛書簡で、「AA記念会が、今度の5ヶ国のことを是認スルトイウヨーナ事ニナラヌ必要アリト思イマス」と記している。本書編者の竹内栄美子氏の解説によれば、神山茂夫との共同文書「チェコソロバキアの新事態」を発表した中野の姿勢は、「冷戦体制の枠組みのなかで、ソ連の軍事侵攻に明確な反対を見せず全体として容認するものだと理解されてきた」。しかしこの書簡の発見によって、そのような見方を「修正する必要があるのではないか。中野のなかでチェコ問題は揺れ動いている」のが事実であったと指摘される。ソ連に対する中野の関わり方を再検討してみるきっかけになるといえよう。

中野の『レーニン素人の読み方』(筑摩書房、一九七三年)は、レーニンに立ち返ってスターリン主義を克服しようとするところに主眼がおかれている。本書編者の丸山珪一氏によれば、「思いがけないことに、同書の刊行の仕掛人は堀田だった」と指摘する。一九七〇年三月九日の中野宛書簡のなかで、堀田は「ところでレーニン百年ですが、『素人の……云々』を一本にまとめられては如何ですか。チクマにすすめているのですが」と提案していたのである。丸山氏によれば、「中野の返信からは、堀田に言われて再読し、その気になったことが分かる」。中野にとって「共産主義者としての自己証明を迫られれば迫られるほどレーニンに深入りする一方、そのレーニンをも相対化することは考えられなかった」という。ここには、中野の共産主義者としての自己定位の方法が理解できる重要な言葉が含まれている。

本書の解説編には、竹内・丸山両氏による好論の他に、竹内好、加藤周一、鶴見俊輔、鎌田慧、海老坂武、栗原幸夫の論文が収録されている。さらに巻末には「中野重治・堀田善衛関係略年譜」が掲載されている。

徴用工訴訟問題にみられるように、アジア侵略の過去は清算されておらず、沖縄を犠牲にした対米追従路線は改められていない。中野と堀田が交わした言葉の数々は、今日の日本社会を生きるわたし達に多くのことを教えてくれる。
この記事の中でご紹介した本
中野重治・堀田善衞 往復書簡 1953-1979/影書房
中野重治・堀田善衞 往復書簡 1953-1979
著 者:竹内 栄美子
編集者:丸山 珪一
出版社:影書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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