田原総一朗の取材ノート「作家・火野葦平の戦争」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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田原総一朗の取材ノート
更新日:2019年2月5日 / 新聞掲載日:2019年2月1日(第3275号)

作家・火野葦平の戦争

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「戦場で書く~作家 火野葦平の戦争~」(NHK・ETV特集、二〇一三年十二月七日放送)をDVDで観た。

火野葦平の戦場での手帳を基に、彼の生涯を追求したドキュメントである。

火野は超有名な作家で、『糞尿譚』で芥川賞を受賞し、『麦と兵隊』など何本ものベストセラー小説を描いていることは知っていた。 

だが、芥川賞は、火野が兵役で日中戦争に従軍し、戦場で受賞したのだということは、はじめて知った。

それがきっかけで、火野は陸軍の報道部に抜擢され、その一員として日本の戦争を賛美する文章を書きつづけることになる。そして太平洋戦争がはじまると、フィリピンの攻略戦に従軍し、フィリピン人に、日本軍の味方をするように、と呼びかける伝単(宣伝ビラ)を書きつづけることになった。

そして、戦後、火野は軍の提灯持ちをした戦犯的作家として大非難を浴び、公職追放になった。

火野は苦しみぬいたに違いない。

私は、小学校五年生の夏休みに敗戦となり、一学期まで、教師や政治家、ラジオ、新聞などがいっていたことが、二学期になって占領軍がやってくると、一八〇度変った。だから、エライ人間やマスコミのいうことは一切信用できない。国家も信用できないと思ってしまったのだが、戦争に参加していた世代は、その時代の自分をどのように捉えているのか。

そのことを語っている人間はほとんどいないのだが、火野は、戦後、戦時中に、自分がなぜ、このような小説を書いたのか、と、それぞれの小説に、何と後書きを記しているというのである。いってみれば、自分で総括をしているのだ。そして、全て書き終って、六〇(昭和三五)年一月に自殺しているのだという。

私は、何というか、深い深い感慨を覚え、いまだに熱い気持になっている。火野は凄い人物だとあらためて感じる。(たはら・そういちろう=ドキュメンタリー作家)
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