【横尾 忠則】危険を犯し成果を得る。自らに発破をかけた公開制作|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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日常の向こう側ぼくの内側
更新日:2019年2月5日 / 新聞掲載日:2019年2月1日(第3275号)

危険を犯し成果を得る。自らに発破をかけた公開制作

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2019.1.21
 木版画の出版元コンポジションの水谷さんと刷師が写楽を主題にした10点シリーズの第3作目の見本刷持参。あえて江戸の木版画に同じ木版で挑戦を試みる。飛んで火に入る夏の虫になるか、虎穴に入らずんば虎子を得ずになるか、何事も危険を犯して初めて成果を得る覚悟も必要なり。

2019.1.22
 中国のインターネットメディア「一条」ビデオ収録。ぼくの自伝『波乱へ』(文春文庫)の翻訳者イェンウェイさん来訪。この自伝が翻訳部門大賞(開巻好書奨)で台湾の文学賞を受賞。台湾で文学賞を貰っても日本では全然話題になりまへん。この賞のお陰で台湾では美術家としてより文学界での評価が高いという。ほんまかいな。ウソやろ? それにしても来訪した4人の中国人は日本語が達者なのには驚く。

アトリエにて辻惟雄さん㊧、山下裕二さんと(撮影・徳永明美)
2019.1.23
 「奇想の系譜」展(東京都美術館)のためのB全判の原画を前に山下裕二さんと対談。テレビカメラも入っているので「何んで?」と聞くと、「日曜美術館」の収録だと。今日はその気分じゃないので山下さんにおまかせ。そこへサプライズで辻惟雄先生来訪。辻先生からは時々葉書きを頂くけれどお会いするのは数年振り?

中国の『360°』掲載誌送られる。

2019.1.24
 『芸術新潮』の大久保さん来訪。肖像画集『カルティエ そこに集いし者』(国書刊行会)の書評インタビュー。自作について語るのはどうもニガ手。ぼくにとって絵は精神労働ではなく肉体労働だから、言葉は不必要。見たまま、思ったまま、考えたまま、感じたまま書評していただければ……。

2019.1.25
 ここんところの平熱を超えた体温のままの小旅行にはとまどいがあるけれど、自らの体力を試すチャンスでもと思って思い切って神戸へ。インフルエンザ上りの徳永も同行するが彼女にとっても体力試錬。妻はあわてて昨日インフルエンザ予防接種をするが効能期限は2週間後。

明日の横尾忠則現代美術館の「大公開制作劇場」展の一般公開に先行して、記者会見とオープニングレセプションに出席。画家に転向した80年当時はアトリエがないために、各美術館での公開制作に踏み切った。タダではスペースを貸してくれる美術館はなく、交換条件に公開制作を行うことになったのが、そもそもの発端。だけど今回の公開制作は少々意味が異なる。加齢と共に引きこもり癖がついて、何かにつけて消極的になりつつあるので、自らに発破をかけるために計画したサプライズ・パフォーマンスである。「公開制作」がテーマの展覧会には打ってつけではと覚悟の行動にでる。一般的に公開制作には興味があるのか、記者からは活発な質問が飛ぶ。オープニングレセプションには東京から駆けつけてくれた美術関係者も多く、いつもながらの活気を呈す。

横尾忠則現代美術館公開制作にて、高橋直裕さんと(撮影・徳永明美)
2019.1.26
 朝食は食欲がなく、今日の公開制作にはもうひとつ気乗りがしなかったが、会場は立見の超満員。そんな観客のエネルギーに押されて、キャンバスの前に立つ。かつてアシストを買って出てくれていた元世田谷美術館の学芸員の高橋直裕さんが、作業着姿で忽然と出現したので、一瞬ゴーストかと思った。というのは美術界から完全に足を洗ったあと行方不明になっていた。風の便りでは浪曲師に転向したことは伝わっていたが、消息を知る者はひとりもいなかっただけに、彼の突然の出現は「幽霊」でもあった。彼はアシスト役であると同時にコーチ的存在でもあり、制作中のぼくの耳元で「いい線いってますよ」とか「そろそろ筆の置きどころですね」とか囁いてくれるので、自信をもって制作を続けることができる。

大阪、京都間で新幹線の架線に物体が飛んできて引っかかったので、運行が不通、帰京が危ぶまれたが、無事運転開始。昼食は一階のレストランからの出前ランチを、高橋さんを始め、愛知県美術館の南雄介さん、評論家の浅田彰さん、朝日新聞の大西若人さんらと。

午前中から午後にかけての3時間弱の公開制作は一階のホールがスシ詰め状態の超満員。しばらく遠ざかっていた大作の制作だったが、まだイケルという体力を確認。

2019.1.27
 晴天なれど気温低し。温室化したアトリエで昨日の公開制作の労をねぎらう。

夕方、整体院から帰宅した時、郵便受けから夕刊と郵便物を取って妻に手渡したが、それをぼくのベッドの上に確かに置いたと彼女は主張するが、どこにも見当らない。2人で家捜しするが発見できず。ところが、待てよ⁉ 今日、日曜日は夕刊も郵便物も来ないはず。2人共完全にイリュージョンに幻惑されたままであったことが判明。これってデジャブ感覚?(よこお・ただのり=美術家)
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