フランス政治危機の100年 ――パリ・コミューンから1968年5月まで 書評|ミシェル・ヴィノック(吉田書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月2日 / 新聞掲載日:2019年2月1日(第3275号)

「黄色いベスト」運動の歴史的文脈を探る  
20世紀フランスにおける体制変動の歴史

フランス政治危機の100年 ――パリ・コミューンから1968年5月まで
著 者:ミシェル・ヴィノック
出版社:吉田書店
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 本訳書が日本で刊行されてひと月余り、フランス全土は突如「黄色いベスト」運動(gilets jaunes)に席捲され、マクロン政権の打倒が叫ばれ始めた。英伊独に続いて、ついにフランスまで、という思いから小欄に目を留めた読者も少なくないのではないか。

実は、19世紀末以来、フランスでは、「黄色いベスト」運動のような、未組織の大衆を巻き込んだデモやストなどの直接行動が、政治のルーティンに半ば組み込まれてきた。そのダイナミズムについては、本書の原著初版(1986年刊)が出て以降、社会学・政治学のみならず、歴史学でも急速に研究が進み、日本でもしばしば紹介されるようになった。本書でも、68年5月事件(第8章)のみならず、34年2月6日事件(第5章)など、他の多くの章においてもこうした街頭での直接行動が大きな役割を果たしている。

ただ、本書で扱われる8つの危機には、こうしたパターンのものだけではなく、議会・政府内で共和派と王党派が対決し議会共和制(一元型議院内閣制)が確立された1877年5月16日事件(第2章)、対独敗戦を利用して権威主義的な体制(ヴィシー政権)を樹立した1940年7月の出来事なども含まれている。他方、例えば、36年の人民戦線政権成立に伴う大規模なスト運動は含まれていない。本書の直接の関心は運動の側ではなく、(議会)共和制という政体が何故いかにして危機に陥り、政治エリートがいかに対応し、その帰結がどのようなインパクトを残したか、にあるからだ。

本書では、19世紀末以降、フランスの政治体制がいくつもの危機を通じて次々に変容していく有様が描き出され、それぞれに興味深い政治的動乱の分析を通じて、読者は、第三、第四、第五と変転した共和制の政治構造(主に統治制度と政党制)と、それが抱え込んだ病理とを明快に理解できるだろう。パリ・コミューン(第1章)やドレフュス事件(第4章)については、邦語の著作も少なくないが、日本の読者にはなじみの薄いブーランジェ事件(第3章)や58年5月13日事件(第7章)などについては、邦語で読める書物としては最も詳細かつバランスの取れた記述となっていると思われる。

原著初版刊行以来、既に30年以上が経つが、例えば、フランス人の間で最も評価の割れる第四共和制期についても、その記述は今日でも決して古びていない。反面、近隣のヨーロッパ諸国との比較を通じてフランスの事例を相対化する姿勢は殆ど見られないが、それは私たち外国の観察者がやればよい。本書は、比較政治(史)の題材として20世紀フランスを取り上げようとする者がまず参照すべき古典となるだろう。

優れた古典であるが故に、その分析の射程は決して歴史研究に留まらない。本書の議論の中で、フランス政治の今後に思いを馳せる上で特に重要と思われるのは、パリ・コミューンまでの19世紀の政治危機では労働者の階級闘争が原動力となっていたのに対して、ブーランジェ事件とドレフュス事件で社会主義・労働者運動が議会共和制の中に統合されて以降、政治的危機はナショナリズム(反ユダヤ主義を伴う)と、カトリック教会の位置付けを巡るイデオロギー闘争を主軸とすることになったという指摘だ。「共和主義システム」は「社会的なるものに対するイデオロギーの優位」を確立し、「社会的闘争を教会や祖国愛をめぐるイデオロギー闘争へ移行させるという利点もしくは才覚を持」ったが故に、20世紀のフランス政治においては、「階級闘争による解釈は便利ではあるが、引き継がれてきた情念、強烈な憎悪、根深い不安(中略)を説明する」ことはできないのである。共産党の位置付けには若干の疑問も残るが、知識人研究を含む、ヴィノックの政治思想史的な研究も、実はこの前提の上に立っており、政治構造の分析と常に不可分なのだと理解すべきだろう。

しかし、この前提は果たしてこの先も通用するのだろうか。2017年の大統領選挙と下院総選挙は、ミッテラン以来、40年に亘ってフランス政治を壟断してきた左右二極化を遂に打破してみせた。ここで肝心なのは、第三共和制後半の急進党に匹敵する中道の支配政党が復活したことではない。教権/反教権を軸とする伝統的な左右の対立軸が社会党と共にようやく姿を消し、代わって市場主義(とヨーロッパ統合)を巡る対立が(ナショナリズム=移民排斥主義と共に)有権者の政権選択を直接に規定するようになったかのように見えていることだ。「黄色いベスト」運動が示唆するように、反市場の立場が「民衆階層」を担い手とするならば、これは19世紀末に議会共和制が封じ込めたはずの「社会的なるもの」、つまり、剥き出しの階級闘争が政治空間に再びなだれ込んできたことを意味するのかもしれない。もしそうだとすれば、破れた穴を塞いで漏れ出てきたものを押し戻そうとする政権エリートと、左右両極の対抗エリートとの間で、ブーランジェ事件やドレフュス事件のような政治闘争が再び戦われることになるのだろうか。ドリュモンらの反ユダヤ主義に代わるのがルペン一家の反移民ナショナリズムだとしたら、共産党なき今、革命的サンディカリズムに代わって左翼に立つのは誰か。何より、擦り切れた共和主義に代わって民衆を結集しうる新たなイデオロギーを一体、誰が差し出すのだろうか。

グローバル化が世界中で同じような民衆の叛乱を引きこしているように見えても、実は国毎に歴史的文脈は異なり、それ故に行き着く先も異なるかもしれない。今の私たちに必要なのは、堅固な歴史研究に依拠して本書が提示する20世紀のフランス政治の遍歴の道筋を今一度辿り、かの国が今、どこに立っているのかをまず問い直すことである。(大嶋厚訳)
この記事の中でご紹介した本
フランス政治危機の100年 ――パリ・コミューンから1968年5月まで/吉田書店
フランス政治危機の100年 ――パリ・コミューンから1968年5月まで
著 者:ミシェル・ヴィノック
出版社:吉田書店
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