中国奇想小説集 古今異界万華鏡 書評| 井波 律子(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

  1. 読書人トップ
  2. 書評
  3. 読書人紙面掲載 書評
  4. 文学
  5. 外国文学
  6. 中国文学
  7. 中国奇想小説集 古今異界万華鏡の書評
読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月2日 / 新聞掲載日:2019年2月1日(第3275号)

中国奇想小説集 古今異界万華鏡 書評
なぜ奇想なのか。
中国で千五百年以上書き継がれてきた奇想怪異小説

中国奇想小説集 古今異界万華鏡
著 者: 井波 律子
出版社:平凡社
このエントリーをはてなブックマークに追加
 中国・六朝時代から、唐代、宋代、明代、清代まで。各時代に書かれた奇想怪異小説が、長短合わせて二十六編収められている。中国では、こうした奇想小説が、「千五百年以上にわたって」書き継がれてきたそうだ(「あとがき」)。もちろん熱心に読む人がいたからだろうが、書く方の情熱は並大抵のものではない。しかしなぜ奇想なのか。いずれも面妖な、面白い話が並んでいる。「天授三年(六九二)、清河(河北省)出身の張鎰は…」(「離魂記」)というように、いつ、どこの誰が、どうしたと、ほぼ同様の形式に則って語り出される文章は、簡素にして余計な情緒がない。だがそこに漲る想像力は、縦横無尽に小説空間を飛び回る。

作品を書かれた時代ごとに区切ったことで、そこに微妙な差異や特徴が浮き織りにされ、作家像を含めた著者の解説も読者の読解を助けてくれる。たとえば最後に置かれた清代を見てみよう。この中に、蒲松齢の著した『聊斎志異』と袁枚が著した『子不語』とが収録されている。どちらも膨大な作品を収めた一大怪異譚集。本書に収められたのは、わずかに二編ずつだが、読後、面白い特徴が浮かび上がってくる。

蒲松齢の手になる「菊を育てる姉弟」は霊妙な味わいの一編だ。ちなみに現題は「黄英」。菊を育てる姉の方の、幼い頃の「あざな」だそうだが、邦題の方が断然いい(これに限らないが)。この姉と弟は何者かと、読む前からもう誘惑される。邦題からすでに物語が詰まっているのだ。訳者の巧みな工夫である。
無類の菊好き、馬子才が、実は菊の精であるところの姉弟と出会い、人生を変えられていく話だが、金銭に対する認識の違いが捉えられている点も面白い。すなわち、子才は菊を愛することにおいては純粋で潔癖。菊で生計を立て富を築く姉弟を、俗っぽいと感じている。これに対し、菊名人の弟(陶)の方は、「花を売ることは俗っぽいことではない」として、「人は富貴を求めるべきではないが、わざわざ貧乏を求める必要もない」と、とても現実で説得力のあることを言う。これが実は菊の精の言うことなのだから笑ってしまう。俗世に生きる人間の方が、甘い非現実の夢を見ているのだ。陶は酒豪で、飲みすぎると菊と化す。「丈は人ほど」とあるので巨大な菊だ。訳者解説を読むと、この陶には酒を歌った漢詩でも名高い陶淵明のイメージが織り込まれているようだ。

著者、蒲松齢は、良き伴侶、家族に恵まれながらも科挙に幾度も失敗し、生計が成り立たず、しかも諦め悪く、不遇の人生を送ったらしい。作品に幻想を描くことで「日頃の鬱屈を解放」、「怪異譚への耽溺は、精神のバランスを保って生きてゆくための、一種、死にもの狂いの気晴らしだった」と訳者は書いている。

一方、『子不語』の袁枚に、訳者は同じ「気晴らし」という語を使いながら、怪異譚を楽しむ気分が主流をなしているとして、こちらの著者には、快楽主義者の名を与えた。本書収録の二編を読めば、誰もが納得するだろう。二編のうち、「胡求 鬼の球と為りしこと」は、掌編と言うよりもさらに短い「散文詩」だが、奇妙な傑作としか言いようがない。神に球として弄ばれる男の話。自分もいつしか球になる。コワおもしろい一編だ。

六朝時代の「籠のなかの小宇宙」にも驚かされた。素朴な話なのに柄が大きい。話が入れ子細工になっている。それにしても先の疑問だ。なぜ奇想か。中国文明を、怪異譚の流れから掴み直したくなる魅力的な一冊だ。(こいけ・まさよ=詩人)

この記事の中でご紹介した本
中国奇想小説集  古今異界万華鏡/平凡社
中国奇想小説集 古今異界万華鏡
著 者: 井波 律子
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
「中国奇想小説集 古今異界万華鏡」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
文学 > 外国文学 > 中国文学関連記事
中国文学の関連記事をもっと見る >