「私」から考える文学史 私小説という視座 書評|井原 あや(勉誠出版)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月2日 / 新聞掲載日:2019年2月1日(第3275号)

「私小説」のプロトタイプとは
複数の研究者による共同研究の成果

「私」から考える文学史 私小説という視座
著 者:井原 あや、梅澤 亜由美、大木 志門、大原 祐治、尾形 大、小澤 純、河野 龍也、小林 洋介
出版社:勉誠出版
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 私小説について、複数の研究者によって行われた共同研究の成果である。「明治期の『私』」以下、大正、昭和初期、戦前・戦後それぞれの時代における「私」を追究する四部構成となっている。全十六章は作家別の論考であり、取り上げられている作家は、花袋・秋声・田村俊子・郡虎彦・透谷・宇野浩二・春夫・菊池寛・芥川・横光・伊藤整・宮本百合子・太宰・安吾・大岡・安岡ら、それに第二高等学校の日誌や転向文学なども扱われている。セクションごとに四つ計十六編のコラムでもその他の作家に触れ、さらに水村美苗・佐伯一麦・青木淳悟への作家インタビューも収録され、盛りだくさんの構成である。

梅澤亜由美・大木志門「序 〈私小説〉という視座」で、様々に論議されてきた私小説のプロトタイプを構想し、それを考える指標として、私小説性を内在的サインと外在的サインによって測る方法を採るとされている。内在的サインは作者が投影された作中人物の名前や職業、自作への言及など、外在的サインは作者の伝記的事実やエッセー・日記・書簡などとの対応であり、これらを組み合わせてテクストの私小説性を判定する。たとえば大木による「1 田山花袋と徳田秋聲における〈「私」性〉と『文体』の成立」では、末尾に秋聲の作品群を「人称」「作者の登場名」「職業」「視点人物」「内在的サイン」「外在的サイン」などの項目により分析した年譜式の一覧表が付されているほか、多くの章に同様の分析結果が添付されていて、周到な調査分析の成果であることが窺われる。

その理論を最も深く追究した論考は、小林洋介「9 一九二〇年代後半の横光利一テクストにおける〈私小説性〉の諸要素」である。これは内在的・外在的サインに事実性・虚構性の要素を加味し、あらゆる小説を四つの象限に分類し、すべての小説は何らかの程度、私小説性を帯びていることを明らかにした。これは包括範囲の広い、強力なプロトタイプである。ところで、認知言語学や関連性理論などでプロトタイプ理論が有効なのは、それらの言語学がラング(体系)の追究だからである。一方、テクストの様式、たとえば私小説は、ラングなのか、あるいは、ラング的側面を有しているのか。私小説のプロトタイプを記述したところで、個々のテクストは常にそれとは異なるものとして現れるのではないか。換言すれば、文芸におけるプロトタイプは、自らを裏切るテクストの出現によってのみ意味を持つような何ものかではないだろうか。

その意味では、本書で心惹かれた論考として、太田翼「3 郡虎彦の初期作品における〈私〉の諸相」が挙げられる。太田は主として郡の「獏の日記」を取り上げ、手法としては内在的・外在的サインとしての人称や日記ジャンルや私性を鍵として分析するのだが、すぐにその分析は、私が眠っている間の感覚のリアルタイムの再現という、現実にはありえない性質を見出してしまう。また郡の場合、私と他者とが切り離されておらず、「われ」がまた人類そのものでもある境地を認めるに至る。この優れた論考では、既に私は私以下と私以上とを包含してしまい、つまりは私性のプロトタイプに収まらないことが論証されている。

また、小澤純「7 菊池寛〈啓吉もの〉と芥川龍之介〈保吉〉もの」も極めて啓発的である。小澤は第四次『新思潮』の交流圏において、やはり内在的・外在的サインを鍵として、菊池と芥川各々の作品を解明していく。しかし、菊池は「啓吉もの」と呼ばれる作品群において、既に文壇の寵児となっていた芥川のイメージをキャラクターとして活用し、逆に芥川もまた「保吉もの」においては、同じく保吉というキャラクターを有効活用した。現代のいわゆるキャラクター消費のように、菊池も芥川も私性というよりはそのキャラクター的商品性としての作家像を利用して制作を行ったのである。論述は私小説そのものから、結局は生産的に大きく逸脱している。

他にも多くの好論が収録されている。強力なプロトタイプが提供されれば、次はそれを解体する理論が求められる。既に本書からもそれは始まっている。
この記事の中でご紹介した本
「私」から考える文学史  私小説という視座/勉誠出版
「私」から考える文学史 私小説という視座
著 者:井原 あや、梅澤 亜由美、大木 志門、大原 祐治、尾形 大、小澤 純、河野 龍也、小林 洋介
出版社:勉誠出版
以下のオンライン書店でご購入できます
「「私」から考える文学史 私小説という視座」出版社のホームページはこちら
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