福澤が夢見たアジア 西郷の大革命 書評|井尻 秀憲(一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月9日 / 新聞掲載日:2019年2月8日(第3276号)

福澤が夢見たアジア 西郷の大革命 書評
偏った福澤像を生み出したもの
左翼リベラリストたちの願望

福澤が夢見たアジア 西郷の大革命
出版社:一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所
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福澤諭吉がどうして一万円札の肖像になるほどの人気者なのか、私には少々理解しかねるところがある。おそらくは、福澤が天賦人権説や社会契約説を、福澤独自の文体で実に巧みに説いた啓蒙思想家として人気を博した人物であったがゆえであろう。そうした思想の原型は、すべて『学問のすすめ』という明治五年から同九年までに書かれた文章の中に出揃っている。

しかし、福澤の言説がいよいよ輝きを増していったのは、その後である。福澤思想の核心と言うべきものをあらわにした小論が、明治一〇年、西南戦争の逆賊・西郷隆盛を擁護した「丁丑公論」、維新の傑物・勝海舟と榎本武揚の二人を徹底的に難じた「瘠我慢之説」である。前者は、旧社会の思想の体現者としての西郷が高い評価の対象であり、後者では、旧社会の思想に真逆の行動をとった人物としての勝・榎本が論難の対象となっている。

『学問のすすめ』の福澤と、「丁丑公論」「瘠我慢之説」の福澤のどちらが真実か、私は後者だと考えるのだが、戦後の左翼リベラリズムのよく似合う肖像は前者でなければならないのだろう。本書の著者も、そのあたりのことをよく見据えて以下のように記す。

「当時進行していた欧米列強の進出がアジアを経て日本に迫ってくる危機の予感を福澤は鋭く察知していた。その意識をもとにして、日本が列強から独立し、独立を守るための精神を論じ、その精神の根源を、伝統社会の〝士風〟〝士魂〟に求めて主張するもう一つの反骨を見せることになった」

福澤を人気者に仕立てたのは日本近代史や思想史に蝟集していた左翼リベラリストである。この思想傾向が横溢していた戦後日本において、自分の思想の淵源を福澤という一大権威に求めたいという願望―それが意識的であるか無意識的であるかは別として―があって、その願望が随分と偏りのある福澤像を生み出したのに違いない。著者もまたそのように見ているのだが、そうであれば福澤の文献との格闘を通じて戦後思想の危うさと妖しさを、一層鮮明にしてほしいと切に願う。

西郷隆盛について言えば、謎だらけの人物である。その一方、現在の日本では維新の第一人者としての評価は定まってしまい、これはもうどうにもしようがない。NHKの昨年の大河ドラマ「西郷どん」のごとくに、である。おそらくそういう評価は、内村鑑三の『代表的日本人』で次のように書かれた辺りから動かし難いものとなっていたと想像される。

「一八六八年の日本の維新革命は、最後の革命であったと称してよいと思われます。……西郷なくして革命が可能であったかとなると疑問であります。木戸や三条を欠いたとしても、革命は、それほど上首尾ではないにせよ、たぶん実現をみたでありましょう。必要だったのは、すべてを始動させる原動力であり、運動を作り出し、〝天〟の全能の法にもとづき運動の方向を定める精神でありました」

内村は廃藩置県という大事を捉えてこれを革命と称したのであろう、確かにそう言っていい画期的事業である。本書の著者も次のように言う。

「もし明治維新が倒幕だけで終わってしまい、廃藩置県で中央集権化を成し遂げていなかったら、雄藩諸侯の利害調整に苦しみ、その後の近代化はもっと遅れていたに違いない。西郷は維新・倒幕の功労者と言われるが、それ以上に重要かつ困難だったのは、藩を潰し、武士階級を解体することであって、西郷の維新の功績は倒幕よりも廃藩置県の方にあったと言えよう」

ところで、福澤は西郷とは面識がない。それにもかかわらず西南戦争直後に逆賊・西郷の擁護に打って出るという大きな政治的リスクをなぜあえて冒したのか。それよりも、どうして福澤はそこまで西郷に惚れ込んだのか。中津藩の増田宋太郎の存在が大きいことは著者も指摘しているが、この謎を解く一つの大きな鍵がそこにあるように思う。著者に追究してもらいたいもう一つのポイントである。(わたなべ・としお=拓殖大学学事顧問・開発経済学・アジア経済)
この記事の中でご紹介した本
福澤が夢見たアジア  西郷の大革命/一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所
福澤が夢見たアジア 西郷の大革命
著 者:5220
出版社:一般財団法人アジア・ユーラシア総合研究所
以下のオンライン書店でご購入できます
「福澤が夢見たアジア 西郷の大革命」出版社のホームページはこちら
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