芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚 書評|澤西 祐典(岩波書店)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月9日 / 新聞掲載日:2019年2月8日(第3276号)

芥川龍之介の「知られざる仕事」
大正末期の名短篇から澤西・柴田両氏が厳選した二十篇

芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚
翻訳者:澤西 祐典、柴田 元幸
出版社:岩波書店
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 芥川龍之介が東京大学英文学科の卒業生だったことを知ってはいても、一九二四年から翌年(大正十三―十四年)にかけて旧制高校の学生向け英語教科書の副読本として、英語圏文学の名短篇を選りすぐった『モダン・シリーズ』全八巻を編纂し、刊行したのを知っていた人はおそらくほとんどいないだろう。そして、芥川のこの仕事は多くの人達にとっては大きな驚きに違いない。このシリーズは、現代の感覚からすれば訳注も何も付されていない原文のみの難解きわまりない副読本と思われるだろうが、旧制高校の学生にとっては原文で読むのが当たり前のことだったのである。 当時の学生たちが最新の英語圏文学に触れることができるようにと編纂された叢書だったが、諸般の理由から教材としては評判を呼ぶことはなかったようだ。全八巻に五十一篇が収録された『モダン・シリーズ』の表紙や中表紙には、芥川が愛好した『イエロー・ブック』創刊号のA・ビアズリーの挿絵が使われていたそうで、本書でもそれにあやかって表紙カヴァーや表紙にはその挿絵が使われている。 

全八巻のうち二巻が芥川の趣味である幽霊譚に特化したものだったそうだが、五十一篇中から二十篇の短篇小説と演劇作品を厳選し、芥川自身による邦訳と作品の三作を加えた本書ではその傾向はさらに強まり、表題にある「英米怪異・幻想譚」に相応しい内容となっている。また、それぞれの作品の冒頭には澤西氏による簡潔で的を射た解説が付されており、英語圏文学研究者以外の読者にも親しみやすいものとなっている。

編者と訳者についての説明が後回しになってしまったが、芥川龍之介が選んだ五十一篇の中から二十篇を選んで本邦初訳と新訳で編集したのは、芥川研究者で作家でもある澤西氏とアメリカ文学の研究者・翻訳家として著名な柴田氏であり、二十篇の邦訳は英語圏文学の当代随一の研究者や翻訳者たちによるものだというのも喜ばしい。厳選された作品の魅力に加え訳者たちによる優れた訳業もあって、収録された作品のどれもが驚くほど興味深いものになっている。作品の選択と内容の素晴らしさ、編集の巧みさにも驚嘆しつつじっくりと読みふけることができるからだ。

本書所収の作品が書かれた時期やその作家たちの生きていた時代を見てゆくと、芥川とほぼ同時代だということに気づくとともに、当然ながら本書で扱われているほとんどすべての作品がほぼ「現代文学」と言うべきものであったことがわかる。また、彼の存命期間はほとんどの作家たちと短期間であっても重なり合っている。ただ、作品の構成や文体の完璧さを期していた芥川の憧れだったE・A・ポーを除いては。

そして何よりも、大正末期の時代に当時の英語圏の「現代文学」に触れられる叢書を編纂・刊行していたこと自体が驚嘆に値する。それもそのはず、芥川は一日に洋書を千二三百ページも読む、たぐいまれな洋書読みだったそうで、読む速さにおいても内容把握の的確さにおいても群を抜いていたこともその理由としてあげられよう。このような芥川の「知られざる仕事」を見出し、全八巻から澤西・柴田両氏が厳選した二十篇からなる本書が読者の関心を刺激して惹きつけ、その素晴らしさと面白さに気づかせてくれるのは至極当然のことだろう。加えて二十篇中十一篇が本邦初訳で、より幅広い読者層が作品を享受できることになる。

掲載されている作品はどれをとっても素晴らしいものばかりだが、オスカー・ワイルドの「身勝手な巨人」、レディ・グレゴリー「ショーニ―ン」、そしてR・L・スティーヴンソンの「マークハイム」をはじめ、いくつかの作品には芥川の小説と重なり合う要素があって、両者の間に文学的関連性を認めることができるだろう。どの作品も読みごたえがあり、本書一冊で英語文学の「怪異・幻想譚」としての価値は十分にあるが、アイルランド文学や「マークハイム」、M・R・ジェイムズ「秦皮の木」、H・G・ウェルズ「林檎」、そしてベンジャミン・ローゼンブラットの「大都会で」などが掲載されているのはうれしいことである。
この記事の中でご紹介した本
芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚/岩波書店
芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚
翻訳者:澤西 祐典、柴田 元幸
出版社:岩波書店
以下のオンライン書店でご購入できます
「芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚」出版社のホームページはこちら
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