ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン 書評|ジェラルディン・ブルックス(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月9日 / 新聞掲載日:2019年2月8日(第3276号)

ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン 書評
人と社会の織りなす律動        
もの書く少女がみたアメリカの植民者と先住民

ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン
著 者:ジェラルディン・ブルックス
出版社:平凡社
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本書の種は、アメリカ北東部マサチューセッツの小島に生まれたワンパノアグ族のケイレブ・チェーシャトゥーモークが、1665年に先住民としてはじめてハーバード大学を卒業したという記録。残された史料はほんのわずかです。

けれども著者ブルックスは、一気にフィクションの世界へと逃れてしまわずに、近年の植民期研究に学んで場と人物像を用意します。丁寧に再現した舞台と役者がひとりでに物語を駆動しはじめると、それは読者や著者さえもが抱いていた定型や思い込みを乗り越えて思いがけない世界を織りなしはじめます。すぐれた歴史小説だけがもつ特性です。

主人公のひとりにして語り手でもあるのは、島の牧師を父にもつ少女ベサイア。この厳格なキリスト教社会の規範では、女性の地位は抑制的なものです。けれども、生活に即して目をこらすとどうでしょう。

ベサイアは、手伝いのために屋内に残っていることで、父親が息子に教えるラテン語や、宣教用に父親が覚える先住民語を耳で学んでしまいます。しかも、父親よりもずっと上手に。「気の毒なお父さん」にはわからないワンパノアグ語の発音の美しさを、好奇心旺盛なベサイアは体得してしまいます。産婆術を学びとり、薬草を知り、食料を求めて外出すると、島そのものが自然の教科書だと知ります。父母に忠実な娘は、女は学ばずとも良いという教えにも従おうとしますが、でも自然の摂理とその学習は神様がお認めのことじゃないかしらと思案したりもします。規範でがっちり固めたはずの社会は、日々こうして揺れてしまうのです。

体験を咀嚼してしまうベサイアの目には、植民地社会の矛盾が映ってしまいます。入植者たちは、土地に合わない大麦栽培をあきらめられずに窮迫します。満足な防寒をしてやれずに、苦労して手に入れた羊も育てられません。草の根を探してやっとの思いで生き延びるのです。

ですから、島の隣人たる先住民の智恵や暮らしはおどろくべき発見に満ちたものです。彼女にとって、実の兄以上に近しく、ときに先生役とも思えるのが島の酋長の息子「ケイレブ」です。実兄とは対照的にしなやかな肉体をもち、聡明で、島の自然に通暁したこの男の子と出会い、学ぶことで、ベサイアはキリスト教と植民地の規範だけにしばられない透徹した視点を育んでいきます。

植民者と先住民とのあるべき共生の姿を描いた、といった評は適切でありません。手に取ればわかるように、本書は、天然痘の猖獗、両社会の対立、ハーバードに設置されたインディアン・カレッジの矛盾などを次々と描いていきます。けれどもだからといって、植民者が先住民を圧していく悲劇が再演されるのとはちがいます。ベサイアやケイレブらが生きるふたつの(あるいは交錯する)世界には、その日常のあり方から生まれる律動があるのです。

本書は、歴史のかけらをもとにした物語ですが、そこには人びとと社会・制度・環境とがたがいに作用しあって織りなす世界の動態があります。あぁ、こんなこともあり得たかもしれない。本書は読み手の腹の底からある種の手ごたえを呼び起こしていきます。原題はCaleb’s Crossing、「ケイレブの往還」。いとおしい作品です。(柴田ひさ子訳、森本あんり解題)
この記事の中でご紹介した本
ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン/平凡社
ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン
著 者:ジェラルディン・ブルックス
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ケイレブ ハーバードのネイティブ・アメリカン」出版社のホームページはこちら
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