発達障害バブルの真相 救済か?魔女狩りか? 暴走する発達障害者支援 書評|米田 倫康(萬書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月9日 / 新聞掲載日:2019年2月8日(第3276号)

発達障害ブームに潜む危険を警告
反精神医学の立場を明確にすればより説得力は増したはず

発達障害バブルの真相 救済か?魔女狩りか? 暴走する発達障害者支援
著 者:米田 倫康
出版社:萬書房
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れっきとした保険承認薬で向精神薬であるリタリンが、覚醒剤と同等のメチルフェニデート製剤であり、うつ病や小児の多動症などに使用され、しかも副作用としての依存性が高いことで処方薬依存を引き起こすと騒がれたのが二〇〇七年のことであった(いわゆるリタリン騒動)。この薬を処方されていた小学生の自殺事件のマスコミ報道がきっかけであった。厚労省はリタリンの処方規制に乗り出し、より効果発現の緩やかなコンサータが新たな発達障害治療薬として承認・発売され、処方に一定の条件が加えられた。
ところが、この頃から発達障害への啓発活動や診断と投薬が次第に増加し、「アスペルガー症候群」などの病名が一般にも知られるようになった。言葉の発達の遅れや注意欠陥多動症(ADHD)や自閉症など、関連する病名も巷に溢れ、学校教育の現場でもこれらが精神疾患で治療が必要との認識が一般化した。自治体なども啓発活動と称して早期発見と早期治療を呼びかけるキャンペーンを行っている。
しかし、このような発達障害ブームともいえる社会現象の裏では、実に問題のある事態が引き起こされており、しかもそれが一般にはよく知られていない、というのが本書の指摘の中核である。問題の事態とは、精神科医らによる過剰な診断と投薬、製薬業者の売り込み、専門家(児童精神科医など)と業者の癒着、安易な受診を促す学校現場、不登校や問題行動に悩む家族の医療丸投げ行動などなどである。
著者は、これらの問題を具体的に指摘し、自治体などへの公開質問状とその回答なども資料として掲げ、読者の理解に役立てようとしている。これらの指摘は、それ自体どれもまっとうなものであり、本書自体もその意味では貴重な警告の書といえるだろう。
一方、本書の著者の肩書にある「市民の人権擁護の会」日本支部は、本書にも記されているとおり、アメリカの宗教団体サイエントロジーの日本支部であり、その点では本書も反精神医学の一種といってよい。反精神医学とは、精神医学がもともと社会の治安維持のための手段として生まれたものであり、精神医学の診断は社会にとっての危険分子にレッテルをはるもので(ラベリング理論)、その治療は病気を治すためのものではなく危険分子を隔離し社会から除去するためのもの、とする。主に、一九六〇年代にイギリスのレイン、クーパー、それにサイエントロジーの代表者となったアメリカのサスらによって唱えられた。この時代は世界的に学生運動の嵐が吹き荒れ、反体制的な動きが表面化した。日本でも東大闘争や日本赤軍テロ事件などが起きたことで知られる。
つまり、反精神医学とは、精神医学を医学ではなく治安維持のための手段と断言する。この非常にクリアな考え方は、欧米のみならず当時の日本の精神医学界にも影響を及ぼした。ただし、残念ながら日本では欧米のような精神病院改革は起こらず、むしろ逆に精神病床数の増加という結果をもたらしてしまったのだが。
もし、本書の著者がこのような反精神医学の立場に間違いなく立脚して論を展開するなら、おそらく本書はさらに説得力のあるものになっていたのではないか。しかし、著者は「必要のない相手と戦うのはよくない」として保身ともいえるような曖昧な認識に留まってしまった。その結果、精神医学も精神科医も善悪二元論的に善と悪とに分断され、善の部分だけを肯定するといった、いわば「良いとこ取り」の立場に身を寄せているかに見える。これが本書の残念なところであるが、われわれの社会におけるブームの裏側に潜む危険性を具体的に指摘している点で、本書の価値が落ちることはないだろう。
この記事の中でご紹介した本
発達障害バブルの真相 救済か?魔女狩りか? 暴走する発達障害者支援/萬書房
発達障害バブルの真相 救済か?魔女狩りか? 暴走する発達障害者支援
著 者:米田 倫康
出版社:萬書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「発達障害バブルの真相 救済か?魔女狩りか? 暴走する発達障害者支援」出版社のホームページはこちら
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小俣 和一郎(おまたわいちろう)精神科医・精神医学史家
精神科医・精神医学史家、1950年東京都生まれ。1974年岩手医科大学医学部卒業、同年国立医療センター(現・国立国際医療センター)内科研修医、1975年名古屋市立大学医学部大学院入学(臨床精神医学専攻)、1980年同修了(医学博士)。 1981~83年ドイツ連邦共和国給費留学生(ミュンヘン大学精神病院)。1986年医療法人財団・大富士病院(静岡県)副院長。1990年上野メンタル・クリニック(東京都)院長、2015年退職。2002~2006年東京保険医協会理事。 主要著書:『ナチスもう一つの大罪』(1995年、人文書院)、『精神医学とナチズム』(1997年、講談社)、『精神病院の起源』(1998年、太田出版)『精神病院の起源・近代篇』(2000年、太田出版)、『近代精神医学の成立』(2002年、人文書院)『ドイツ精神病理学の戦後史』(2002年、現代書館)、『検証 人体実験』(2003年、第三文明)、『精神医学の歴史』(2005年、第三文明)、『異常とは何か』(2010年、講談社)など。共著・分担執筆:『系統看護学講座・精神保健福祉』(医学書院)、『Psychiatrie im Kulturvergleich』(VWB-Verlag)、『臨床精神医学講座』(中山書店)、『精神医学文献事典』『現代精神医学事典』(弘文堂)など。 主要翻訳書:G・セレニー『人間の暗闇』(2005年、岩波書店)、W・グリージンガー『精神病の病理と治療』(共訳、2007年、東大出版会)、J・フォン・ラング『アイヒマン調書』(2009年、岩波書店)など。
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