小田実 「アンポ」の一語にこめる ――〈体制〉を打破るための運動とは何か ‘70年代知識人論 『週刊読書人』1969(昭和44)年 1面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月12日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第757号)

小田実
「アンポ」の一語にこめる ――〈体制〉を打破るための運動とは何か ‘70年代知識人論
『週刊読書人』1969(昭和44)年 1面掲載

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第3回
総花式目標の設定とは逆に


三年前、「ベ平連」の運動を始めたとき、私が考えたのは、さまざまな運動目標の一つとしてベトナム反戦をとり上げるのではなく、まず自分の力のすべてをベトナム反戦という具体的な問題にぶっつけるということだった。もちろん、問題はどれをとってみても複雑にからみあっていて、一つだけとり出そうとしてみたところで、他のもろもろとのつながりを断ち切ることはできない。それは判っていながらあえてそんなふうに考えたのは、たとえば、これは六八年一月の佐世保で実際に目撃したことだが、「エンタープライズ」寄港に反対するはずのデモ行進が「物価値上げ」、「小選挙区制反対」のプラカードをかかげて歩いているという、そうした総花式の運動の無力をそれまでに感じていたからだった(デモ行進は、プラカードこそかかげていなかったが、「暴力学生反対」、「トロツキスト反対」を先頭のマイクが叫んでいた。あるいは、マイクはこうも言った。「デモ行進を成功させよう」)。あるいは、目標が「民主主義を護れ!」というふうなあまりにも幅広い、どのようにも意味のとれることがらになってしまうとき、運動は力を失なうことも私は知っていた。そうした目標もあまりにも幅広いゆえに、総花式の目標設定と本質的にことなるものではなかったにちがいない。一九六〇年の「安保闘争」の失敗の原因は、やはり、一つにはそこにあった。

「ベ平連」の運動は、そんなふうな総花式の目標設定の逆のところから始められたと言ってよいだろう。できるかぎり具体的で、直接に関係のある小数の目標を設定して運動を始める――三年半の動きをふり返ってみて、私はその考え方は決してまちがっていなかったと思う。そして、より重要なことは、運動をふかめて行く過程のなかで、最初にあえて正面からとり上げようとしなかった問題が、それとぶつかる以外には運動を進めて行くことはできないかたちで、運動のまえに立ちはだかって来たことだ。それは、たとえば、「アンポ」だった。あるいは、沖縄。そして、反戦運動を通じての社会変革。

私たちは、ベトナム戦争がアメリカの「侵略戦争」であるから「侵略反対」という名をつけないかぎり運動には意味がないというたぐいの議論で、時間とエネルギーを使いはたすことはしなかった。正直に言って、そんなふうに考えていなかった人もかなりの数いたかも知れない。けれども、実際に運動を進めて行くなかで、彼らは、この戦争はまぎれもなくアメリカの侵略戦争であることを体得して行ったように見える。あるいは運動を始めた当初、安保条約に賛成しながら、ベトナム戦争に反対していた人もいたかも知れない。しかし、今では、もはやそうした人たちはいないだろう。と言っても、彼らは立ち去ったのではないと私は思う。そうではなくて、彼ら自身が、運動のなかで、自己変革をとげて行ったのだろう。そのいくつかの例を私は知っている。今年の八月「ベ平連」が主催して開いた「反戦と変革に関する国際会議」の席で、「ベ平連」はふしぎな運動だ、ふつうなら運動は大きくひろがることによって穏和な運動になるのに、この運動はまったく逆だ、という意味のことを言った人があった。一九六〇年にそうした運動がより強力なかたちであったら、と私はときどき思う。ということは、一九七〇年にそれがあって欲しいという私のねがいのあらわれなのだが、さて、見込みはどうなのか。

たとえば、私は「アンポ連」でも「アン反連」でもなくてもよい、まず安保条約廃止をめざす運動をかたちづくりたいと思う。その目標をまずかかげ、それに自分の全力をぶっつけ、運動の過程のなかで他の問題にも必然的にぶつかることになる運動――それをかたちづくりたいと思う。十月二十二日の新宿に四万人の「野次馬」が集まったという事実は、こうした運動をかたちづくるための一つの手がかりであるような気がする。総評の岩井氏は「アンポ」ではゼネストを行うことはできないと、私との対談の席で言明した(『現代の眼』十一月号)。その理由は「アンポ」のゼネストではとうてい国民の支持を得ることはできないと語ったのだが、そうした支持を得るためには、学生や労働者自身のなかだけではなく「国民」という名で呼ばれるつかまえどころのない人間の集団のなかに運動をかたちづくって行くよりほかにはないだろう。あるいは、たとえば、なおも安保体制をつづけようとする国会に対して、その運動のなかから「人民議会」をつくり出すことはできないものか。一九六九年が「アンポ」の前年であると言うとき、そうしたことすべてをふくめて、私は言っているのだ。(おだ・まこと氏=作家・評論家)

※本記事は当時の原文そのままを掲載しています
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