司馬遼太郎×尾崎秀樹  現代と維新のエネルギー 『週刊読書人』1967(昭和42)年1月9日号(1/2合併) 2~3面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月15日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第657号)

司馬遼太郎×尾崎秀樹 
現代と維新のエネルギー
『週刊読書人』1967(昭和42)年1月9日号(1/2合併) 2~3面掲載

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第6回
美意識の欠如を嘆く 民族の美しさをそなえよ

尾崎 
 日本人としての美しさというものがあまりに少な過ぎる、そういうビジョンなり何なりをもつことが大切だということを先ほどちょっといわれたんですが、それをもう少し話していただきたいんですが。
司馬 
 民族というものは美意識を持っていなければ非常に軽蔑されるものですね。これは、ほかの民族の例をあげて言えば非常にわかりやすいんです。

たとえば、インディアンというものの血がおれは少しかかっているというアメリカ人があるとするでしょう、少しも恥にならない。それでもアメリカの社交界での彼の位置は少しも傷つかないですね。むしろ、お前は相当勇敢なんだなというぐらいのことばが返って来ますね。だがそれ以外の、たとえば黒人の血がまじっているというと、彼は社交界から没落しますね。そりゃインディアンとか黒人とか、どちらも有色人種ですけどね、しかし、インディアンがアメリカ開拓史で見せた姿というのはね、非常に強い彼らの美意識を白人に印象させたんですね。勇敢で、身ぎれいで、潔癖で、そして義を見ればいさんで死ぬという姿をとっちゃったもんですからね。そういうのを非常に大切にしている。だからインディアンを軽蔑しないですね、白人たちは。そうでないつまり世界的に顔をしかめられる民族というものは、そういう美意識をもっていないんです。それをもってないやつが嫌われる。色の黒白とは違いますな。

だから日本人はいまのままでいけば、嫌われる民族になっていくでしょう。商社の人間の商売の仕方一つ見ても-。そこにピーンと通ったモラルの筋が入ってませんね。東南アジアで活躍している連中なんかでも。もう最早やアジアの中で最劣等の姿をいっているかのごとくさえありますね。それはかつての日本人と全く違った日本人がその辺を歩いている感じなんですね。これは早く反省しないとえらい目に合いますよ。インディアンの例が一番ティピカルだから私言ったんですけれど、そこからいろんなことを考えてくれということなんです。(おわり)

※本記事は当時の原文そのままを掲載しています
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