岡本太郎×飯沢匡×安岡章太郎  にっぽん診断 昨日今日明日 『週刊読書人』1966(昭和41)年1月10日号(1/3日合併)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月12日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第607号)

岡本太郎×飯沢匡×安岡章太郎 
にっぽん診断 昨日今日明日
『週刊読書人』1966(昭和41)年1月10日号(1/3日合併)

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1966(昭和41年)新年号
2-3面
“黄金の六〇年代”もすでに半ばを過ぎ、六〇年代後半に入ったが、現実はマスコミがさわいだほどには”ゴールデン・エイジ”といかず、色あせた金メッキの年代となりそうだ。国際的にはベトナム戦争が依然として解決の兆しを見せず、国内的にも“神武以来の不況”ムードが立ちこめたままで、新たな年が開こうとしている。
また政治的にも昨年後半は、日韓問題をめぐる自民党の強行採決によって議会民主主義が危機に立たされたが、このような現代日本を診断してみると――ソフィア・ローレンとマストロヤンニ主演のイタリア映画「昨日・今日・明日」にあやかって、日本の”昨日・今日・明日”について、岡本太郎、飯沢匡、安岡章太郎の三氏に語りあってもらった。(編集部)
第1回
政治のタイコモチに 「おかみの仰せらるるに」の伝統

政治と新聞

編集部 
 昨年の政界では、吹原産業事件などという汚職事件が明るみに出たりしましたが……。
飯沢 
 ぼくは、あれ、でっち上げだと思う。吹原は犠牲者ですよ。
安岡 
 それはどういうことですかね。
飯沢 
 つまり池田が生きていればああいう事件起らなかった。献金がこげついたわけですよ。だからあれをもっていけば、きっと金が十分来たんでしょう、どっからか。預金されたわけでしょう。
安岡 
 ああ、預金されたというわけね。しかし、しろうとがただぼんやり新聞読んだって、わからんものね。
岡本 
 たとえば吹原があれをかぶったということね、ちょっとぼくにはほかにも知っているけれども、例のニセ証紙事件のときの犠牲者、なにかああいうのは、あとが保証されているんだか、何だか知らないけれども、濡れギヌをかぶっちゃってね。よく、博徒の親分がつかまらないで、子分がおしおきを受けるというような……。なかなかオメデタイようなカナシイところがある。
飯沢 
 だけど、はじめからそれは覚悟でしょう。もうそれまでにさんざんいいことしているわけでしょう。
安岡 
 吹原事件というのは、池田さんが死んだあとで大きく出ました?
飯沢 
 つまりそうです。池田が死んだといっても、池田がガンのために総理大臣をやめたから。そうなると実業界なんていうものは、実につめたいものだから、献金すべきかねが出なくなるわけですよ。要するに黒金も犠牲者ですよ、池田の。でなくちゃ、あんなばかなことはあり得ないですよ。そもそも三十億の金を知らなかった、支店長もしらなかったとか、三菱の重役がしらなかったとか、ああいうことがね。
安岡 
 新聞に、だから、どうしてああいうことは書いちゃいけないの。
飯沢 
 だから、おかしいんですよ、むかしから新聞というものは何でも発表を書くところなんだ。だから、法務省なら法務省の発表を書くから、新聞は、選挙前に実に自民党に都合のいいようなことを書くじゃないの。自民党とは関係ないような、政界に関係なしとか、法務省が言明するじゃないの。あれ、やっぱり自民党の法務大臣が命令出すから、しょうがないから声明出すわけでしょう。
岡本 
 だから、ああいう大ジャーナリズムは、うっかりすると、公けの出先機関みたいな感じが、しないでもない。なるほど批判して書いていますよね、よく。だけど、その批判が、読んでいると、タイコモチが、「オイ、大将なんとかじゃないか」なんて、ちょっと悪口言うね。「だらしねえな、大将」と、わざとやることがあるじゃないですか、ゾンザイな口きいて。それで逆におべっか使っている、とてもそういう感じがするね。新聞なんか読むと。
飯沢 
 新聞というものも、明治時代から役所の発表……。つまり社会ダネだって、ふつうの人は、記者というものはぶらぶら歩いていて社会ダネ拾うかと思うかもしれないけども、そうでなくて警察の発表ですよね。つまり「おかみの仰せらるるに」と明治時代に書きましたね。何とかせらるるよしとか、それの伝統なんですよ「おかみにおかせられては」とか書いていたんだ。
編集部 
 マスコミの問題で言えば、ベトナム戦争に関して日本の新聞、かなりはでにやってライシャワー批判みたいなものもあったんですが、こういう問題についてはどうですか。
飯沢 
 ああいうのは、そういう「おかみにおかせられては」をいくらか破るためにね。
岡本 
 そういった意味では、毎日新聞が大森実で攻勢をかけて、かなりなまな現実を発表する。そういうところで、毎日が、部数は伸びたかどうか知らないけれども、非常に信用を獲得したような気がするんだけど。
とにかくベトナム戦争に対しては、日本人の関心も深い。やっぱり何といっても、被害者に同情する気持も、あるんじゃないか、国民に。ベトナムと多少、こっちは縁続きであるし。
飯沢 
 顔見たって、同じなんだもの。
安岡 
 アメリカ人と、自分たちと似ているのとやっていれば。感情的なものが大部分ですね、これは。つまり「平凡パンチ」という雑誌が売れたのも、積極的にたくさん取上げたでしょう、センセーショナリズムだけれども。ベトナム戦争のニュースが一段落しちゃったら、急にまた部数はそれほど伸びなくなっちゃったでしょう。あれはつまり、イカスかっこうという……
飯沢 
 カッコいい戦争ですよ。
安岡 
 それとオシャレとくっつけて。だけど、もうベトナム戦争のニュースに珍しさがなくなったら、ちょっとやっぱりね。
飯沢 
 「世界残酷物語」という映画が非常に入ったことがありますね。三百万ぐらい動員したことありますね。あの線ですよ。戦争というものを、別段、政治的関心で見ているわけじゃないんだ。「あ、血が流れている。あ、首がねえや」というので見ているんだ。
岡本 
 しかし、例の判官びいきみたいなものや「鞍馬天狗」みたいな、巨大な権威に対して神出鬼没の戦いをする、というようなのが相当アピールすると思うね。
飯沢 
 忍者だな。
安岡 
 話としてうまくいくんだな、あれで。だけど、ほんとうのところは、実際、吹原のこともわからないし、それからベトナム戦争もわからないな、これは実にわからないな。だいたい、それでアメリカというのはわれわれに何を欲しているのかわからない。
飯沢 
 わからない。
安岡 
 アメリカなんていうのは、日本の軍事勢力がもう一回出てくることを期待しているように、一般に受取られているけれども、あるいはそれは歓迎してないかもしれないしね。日本が原爆なんかをもっちゃったら、これはたいへんだというので、また押えにかかるかもしれないしね。
岡本 
 それにしても、はっきりしないのは、日本の政治、外交だな。実にはっきりしないね。
飯沢 
 でも、ある意味では、ぼくははっきりしないほうがいいと思うんだ。
岡本 
 だけど、はっきりしないのもいいけれど、ケツまくるところもあっていいんじゃないかね。
飯沢 
 だから、はっきりしないで、ときどきケツまくったり。それが大国と大国の間に入った小国の生きる道ですよ。
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