田原総一朗の取材ノート「追悼・堺屋太一」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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田原総一朗の取材ノート
更新日:2019年2月19日 / 新聞掲載日:2019年2月15日(第3277号)

追悼・堺屋太一

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堺屋太一氏が亡くなった。八三才だった。

通産官僚出身だが、きわめて豊富なビジョンの持ち主であった。

大阪万博を企画し、実現したのが堺屋氏である。高度成長で日本が世界の一流国になったことを、国の内外に示したわけだ。当時の先端技術を駆使して大成功だった。
続いて、沖縄海洋博を実現した。沖縄が米軍の基地の島ではなく、すばらしい観光資源に恵まれて、大きく発展する可能性を示そうとしたのである。

そして、通産省に在籍のまま、『油断!』という衝撃的な小説を発表した。

日本はエネルギーの源である原油を、オイルメジャーに、ほとんど委ねていた。そのために第四次中東戦争で、深刻なオイルショックを引き起こしてしまったのだ。文字通り「油断」である。これは、五〇万部を超す大ベストセラーとなり、彼は一躍有名作家となった。

そして、翌年に『団塊の世代』という小説を発表した。戦後、戦地から多数の軍人たちが引き揚げて、子供が生れたので、その数が多くなり、学校に上がると設備が足りなくて問題となり、大学に入ると、全共闘運動を引き起こした。そして社会に出ると、企業の数が少なくて職につけない人間があふれて、大きな社会問題となった。

また、堺屋氏は、八〇年代に「知価革命」なる一文を書いた。

ものづくりの時代から、知・インテリジェンスが価値を生む時代になる。ようするにITの時代になる、といい切ったのである。

インターネットが開発されたのは九六年で、日本はIT時代に遅れに遅れてしまったのだが、堺屋氏が予言したのに、意識改革ができなかったのである。(たはら・そういちろう=ドキュメンタリー作家)
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