ロッセリーニの現代性  ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 94|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
更新日:2019年2月19日 / 新聞掲載日:2019年2月15日(第3277号)

ロッセリーニの現代性  ジャン・ドゥーシェ氏に聞く 94

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ドゥーシェとフレドリック・ボノー(右)
HK 
 ファスビンダーの舞台は観られたことはありますか。
JD 
 ファスビンダーの舞台は、非常に限られたものしか観ることができませんでした。彼の舞台の大半はドイツ語で上演されており、私はドイツ語を全く理解しないので、決して簡単なものではありませんでした。
HK 
 それでも彼の舞台は、非常に映画的なものだったのではないでしょうか。映画の方が、演劇的に感じることがあります。舞台をそのまま映画化しているものも数本あります。
JD 
 私は、ファスビンダーの映画は、おおよその作品を観ています。加えて、私はファスビンダー自身のことを知っていました。なのでファスビンダーについての記憶は、より個人的なものです。ファスビンダーはフランスでは、バルベ・シュローダーと非常に仲が良かったのです。バルベは私の友人でもあります。だから当然のように、私もファスビンダーと知り合う機会があったのです。彼の中では、舞台と映画の間の違いがあまりなかったように感じます。ファスビンダーは、何かを創りだすことができた作家でした。その点において、彼にとっては映画と舞台は表現方法の違いだけがあったのだと思います。
HK 
 ロッセリーニに話を戻します。ドゥーシェさんによると、ロッセリーニが現代映画の基礎となっています。そして、当然のように『カイエ』の他の批評家たちもロッセリーニを現代映画の基礎として考えていたようです。
JD 
 彼らも私と同じ考えを持っていたのですか。
HK 
 ええ。例えばアラン・ベルガラがロッセリーニの現代性について文章を書いたりしています。
JD 
 ベルガラは、世代的には、私より10年後の批評家です。
HK 
 セルジェ・ダネーに至っては、現代映画は戦後のローマで、ロッセリーニと共に産まれたと何度も繰り返していました。
JD 
 確かにその通りですが、それは私たちが言い続けていたことを繰り返していただけです。
HK 
 ええ。ヌーヴェルヴァーグ以降の映画批評を俯瞰すると、初期の『カイエ』で生まれた言説を、形を変えながら繰り返しているだけです。しかしダネーは、その点を自覚していました。
JD 
 いずれにせよダネーは、自分が映画批評の中で極めて重要であると周囲に信じ込ませたかった人です。悪い批評家ではありません。しかし、引き継ぐことで批評を行なっていたということです。
HK 
 連続性の中にあったというのは事実ですね。80年代になると、『カイエ』の黄金世代、その中でもとりわけドゥーシェの影響を明言しています。
JD 
 ダネーだけではなく、他の多くの批評家も同様に私たちの影響下にあります。しかしながら、少なくとも、私たちは映画に関して同じ意見を持つことができました(笑)。
HK 
 今になってみるとより明白にわかることがあります。ドゥーシェさんはロッセリーニについて話をする際にも、ポンピドゥセンターについてのドキュメンタリーであり、遺作である『ボブール:ジョルジュ・ポンピドゥール芸術文化センター』や、60年代後半の作品も、批評の対象として頻繁に話に挙げられています。しかし、他の批評家たちはほとんど触れることがありません。
JD 
 確かにその通りかもしれません。
HK 
 最近のことですが、初めてロッセリーニのシチリアについてのドキュメンタリーを観る機会がありました。
JD 
 ロッセリーニの作品ですか。それはドキュメンタリーではないのではないですか。
HK 
 あまり有名な作品ではありませんが、ドキュメンタリーも一本作っています。『ルイ14世の権力掌握』の翌年です。
JD 
 そういえば、そのような作品も作っていましたね。しかし、私は観ることができていません。私の知っているロッセリーニのシチリアは、40年代の『戦火のかなた』の風景です。
〈次号につづく〉
(聞き手・写真提供=久保宏樹)
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