自己語りの社会学 ライフストーリー・問題経験・当事者研究 書評|小林 多寿子(新曜社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月16日 / 新聞掲載日:2019年2月15日(第3277号)

混迷の時代に寄り添って
世代を越えた社会学者が研究成果を発信

自己語りの社会学 ライフストーリー・問題経験・当事者研究
編集者:小林 多寿子、浅野 智彦
出版社:新曜社
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 周知のように、二〇世紀の終わり、ジェンダー・高齢化など現代社会が抱える諸課題を意識化し、鋭い分析を加えたのは社会学だった。華やかで魅力的な研究が続いた。だが、二一世紀の初めから情報化と国際化が急速に進み、次々と自然災害が起こって、社会の変動が著しい。このような現代社会を捉える方法を多くの人が模索している。

そうした混迷の時代と寄り添うようにして本書は編まれた。世代を越えた社会学者一三名がそれぞれに進めてきた研究成果を発信する。「第Ⅰ部 自己表現の語り」で、牧野智和は手帳を自己認識のシステムとして捉え、西倉実季は一人芝居を演じる女性のサファリングの語りを分析し、鷹田佳典は患者の死をめぐる小児科医の語りに耳を傾け、浅野智彦は自由記述から人生の転機を探り、小林多寿子は自分史を書くサークルの実践を報告する。それぞれに人生を対象化して見せる。

だが、圧巻は「第Ⅱ部 問題経験の語り」である。伊藤秀樹は薬物をやめ続けるための自己物語の意義を論じ、中村英代は依存症者の回復を助ける12ステップ・プログラムを解き、森一平は薬物依存者が語る回復の物語を分析し、湯川やよいはペドファイル(小児性愛者)の語りが置かれた状況を説明し、野口裕二は精神の病を抱える者が自らを研究する当事者研究の意義を説く。これまで周縁に置かれていた人々が積極的に対象化される。
それを可能にするのは「自己語り」を対象化するインタビューということになる。思えば、聞き書きを絶対視したのは民俗学であった。文字化されていない民俗を記録するために、柳田国男は採集手帖を用意した。複数の採集者が問いを共有することで、比較研究を推進した。その結果膨大なデータが集まったが、人間が不在だった。それに気づいたのは宮本常一であろう。『忘れられた日本人』(一九六〇年)で、「土佐源氏」をはじめとする個性的な人生を書いて民俗学を改革した。

そうした動きを社会学に取り込んだのは中野卓だった。『口述の生活史』(一九七七年)は水島工業地帯に暮らす「奥のオバァサン」が語る人生を書き留め、そこから日本の近代を見た。「生活史」という概念は、本書の著者でもある桜井厚によって、「ライフヒストリー」に置き換えられ、さらに「ライフストーリー」に組み換えられた。
「ライフヒストリー」を「ライフストーリー」に改めることで物語は意識化されたが、歴史は切り捨てられた。本書の「自己語り」ではさらに生活が切り捨てられ、個人が選ばれた。個人が語る物語を主題化することで、多様化した社会を捉えようとしたのである。だが、歴史や生活を遠景に追いやってしまったことも認識しておく必要がある。

それにしても今「自己語り」が注目されるのは、例えば、同性愛者のカミングアウトを思い浮かべるだけでも十分に想像できる。かつては異常と見られたが、今ではライフスタイルとして承認されつつある。だが、認識の変化に戸惑う人が多いことも否定できない。そうした状況はここに示された「自己語り」とも無縁ではなく、パラダイム転換は始まったばかりだ。
一方、現代社会の変動は驚くほど速く、社会学の動きを凌ぐように見える。若者たちが自己の存在を実感しているのがネット社会であることは、誰もが気づいている。インタビューを絶対視しなくても、「自己語り」はネット上に横溢している。社会学の自己改革は緊急を要する時期に来ているのではないか。そのためにも、それぞれの「自己語り」に満足せず、ここに集った研究者の輪を広げて、さらなる対話を通してリアルな社会像を構築する必要がある。
この記事の中でご紹介した本
自己語りの社会学 ライフストーリー・問題経験・当事者研究/新曜社
自己語りの社会学 ライフストーリー・問題経験・当事者研究
編集者:小林 多寿子、浅野 智彦
出版社:新曜社
以下のオンライン書店でご購入できます
「自己語りの社会学 ライフストーリー・問題経験・当事者研究」出版社のホームページはこちら
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