「自己決定権」という罠 書評|小松 美彦(言視舎)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月16日 / 新聞掲載日:2019年2月15日(第3277号)

「われわれのわれ」と「存在の事実」から思考することを提示する

「自己決定権」という罠
著 者:小松 美彦
出版社:言視舎
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本書は『自己決定権は幻想である』(洋泉社新書y、2004年)の増補改訂版である。旧版に最小限の加筆修正を施し、その後の関連情報や追加意見を補注として各章末に加筆した上で、旧版刊行から現在までの「自己決定権」をめぐる問題状況の論考を増補として加えたものが本書となる。

この本の問いは明確だ。旧版は「当時の先端医療の世界で盛んに語られ、日常の生活場面にも浸透しつつあった「自己決定権」という考え方が、多くの人に疑われることもなく受け入れていたこと、さらに、「自己決定権」に何か納得できないものを感じていた人々も、その問題点をうまく言語化できない状態」にあるという問題意識から「そもそも「自己決定権」それ自体が危うい概念であること」(3頁)を多角的かつ柔らかく論考したものだった。それに加え、旧版インタビューから15年を数えた今日における「「自己決定権」が、主に医療や福祉の分野でどのような形で作用しているか」、「「人間の尊厳」という言葉と概念が、むしろ「自己決定権」以上にいかに巧妙に作用しているのか」(4頁)を、具体的現実を丁寧に解読しながらダイナミックに思考したものが本書となる。

本書の結論は更に明確だ。要諦のみ記すと、そもそも「自己決定権」という考え方はどのような歴史的・時代的文脈のもとでせり出してきたのか(序章)、そもそもそれは何を問うことを困難にしてしまうのか(第1章)、なにゆえその思考のプラットフォームにおいては「そもそも論」が消失してしまうのか(第2章、第3章)、いかにして批判的感性から思考・思想が紡ぎ出されていくのか(第4章、第5章)が論考された上で、「われわれのわれ」という事実こそが自己決定権批判を基礎づけながら、それ自体を基礎づけることが困難であることを考究する(終章)。更に、補論では、この15年における脳死・臓器移植問題と安楽死・尊厳死問題をめぐる時代状況を分析しながら、「人間の尊厳」概念こそがそれらの問題を推進する装置になっていること、「人間の尊厳」は「状態の価値」をめぐる生の線引きであり、その批判こそが「存在の事実」「その人がそこにいるという厳然たる事実」への問いを立ち現わせることになることを指摘する(補論第1章、補論第2章)。要するに、〔「自己決定権」に対する「そもそも論」を問うことで、私たちは自己決定権批判を基礎づけながらそれ以上は基礎づけ困難な「存在の事実」を思考することが可能となるのだ。私たちの人間と社会をめぐる根源的/徹底的な探究はそこから出発するしかない〕というものだ。

とはいえ、上記は小松の一連の論考において提示されてきたものであり、それ自体は真新しくはない。また、脳死・臓器移植や安楽死・尊厳死関連の一連の出来事にせよ、相模原障害者殺傷事件にせよ、特に新しい事実が記されているわけでもない。更には、学術書のような緻密かつ詳細な論証が展開されているわけでもない。むしろ本書の達成は、「自己決定権」や「人間の尊厳」等の平板な思考の土俵上でのみ議論され、その土俵自体を批判的に検討する「そもそも論」が消失し、私たちが何をいかに問わなければならないかという問いさえも失われている「社会」を描出した点にある。小松は「この場からは立ち去れない」という感覚で書いており、それこそが本書の拘泥する立ち位置でもある。その記述の意味は決して小さくない。

ただし、以下2点は今後問われるべきであろう。第一に、本書は大叔母や祖母との関係の中で小松が経験した事実、小中学校で感じた違和感、日常の出来事の中で感受する受け入れ難さなどが率直かつ実直に語られており、それこそが小松の思考の根っこになっている。だが、そのような経験をしていない他者は「存在の事実」を感受していないかといえばそうではないであろう。では、そのような「存在の事実」をいかにして思考するか。

第二には、小松が指摘するように、私たちの生は共鳴関係のもとにあり、私たちは「われわれのわれ」を生きている事実があることを認めよう。しかし、その事実がなにゆえそれ以上基礎づけることの困難な事実であると言えるのか。それをどのように語るのか。

とはいえ、おそらくそれは本書が回答を用意すべきものではない。むしろ、本書を通じて私たちが応答すべき問いである。誰にとっても読みやすい本でありながら、誰もがすんなりと考えることができない大きな思考的課題を提示する良書である。
この記事の中でご紹介した本
「自己決定権」という罠/言視舎
「自己決定権」という罠
著 者:小松 美彦
出版社:言視舎
以下のオンライン書店でご購入できます
「「自己決定権」という罠」出版社のホームページはこちら
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