三文オペラ 書評|ベルトルト ブレヒト(共和国 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月16日 / 新聞掲載日:2019年2月15日(第3277号)

三文オペラ 書評
ブレヒト受容をアップデート
現代俗語の会話体が醸すドメスティックな猥雑さ

三文オペラ
著 者:ベルトルト ブレヒト
翻訳者:大岡 淳
出版社:共和国
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一九二八年八月三十一日、『三文オペラ』初演の観客は当初まるで無反応だったが、第一幕も半ば過ぎ、窃盗団の団長マックヒースと警視総監ブラウンの歌う「大砲ソング」が雰囲気を一変させたという(岩波文庫版・岩淵達治解説)。

それから九十年を経た現在の日本語環境においてこの最新訳を特徴づけるのは、日本語ラップの作法に通じるような押韻によって訳出されたソングの小気味よさと、現代俗語の積極的採用によって会話体が醸すドメスティックな猥雑さである。

こうした翻訳姿勢は日本におけるブレヒト受容をアップデートしようとする試みのはずだが、そこには「今ようやく我々は、『三文オペラ』を理解できる時代を生きているのではあるまいか」という現状認識がある(訳者あとがき「マックヒースとは何者か」)。

訳者は一般に「悪漢」とイメージされるマックヒースが固有の「素顔」を持たず、複数の「仮面を付け替える」「空虚な人物」であったとし、その「人格の一貫性にこだわらない」「生き様」と、現代の若者の「相手によって『キャラ』を変える処世術」との類似を指摘する。

マックヒースのプロファイリングで重要なのは戦争体験である。「大砲ソング」で歌われるように、彼はブラウンと遠方の戦線を渡り歩いた過去を持つ(「雨が降り出して/敵に出くわして/見慣れぬ人種でも/黒人も白人も/さあミンチにして/生のまんま/食っちまう/ガツガツ」)。第二次ボーア戦争を想起させるこの行軍に、訳者はブレヒトの経歴を重ね、第一次大戦の残響を聞き取る。

そして貧富や賢愚の分け隔てなく、万人が等しく塵芥に帰す近代戦の光景がマックヒースの「『何者でもない』素性を肯定し」、「ただ生きのびるために生きのびること」へと彼を「覚醒」させたのだとする。

同じく大戦への従軍によって「覚醒」した一人としてヒトラーの名前が持ち出されるのだが、「二〇世紀ファシズムとの内在的格闘」を演劇活動の思考課題としてきた訳者にとって、破局の世紀と『三文オペラ』はその原点を共有している。

かつてストレーレルは自身の「大砲ソング」の演出を例に、「美食的な知覚」と「弁証法的社会的知覚」という両極の間でこそ、一九二八年という「ドイツ社会の特定の時点」を感覚できるとした(『人間の演劇』)。食人を懐古する戦友同士の歌声は、自らもより大きな口で食われていた事実を暴露すると同時に、その後現実に出来した大虐殺を暗示する。

「マックヒースとは何者か」という設問に「素顔を欠いた仮面」の優れて今日的な主題化で答えることは、作品の「アクチュアリティ」を読者に提示する所為であろう。しかし、戦場における死への平等性によって「覚醒」する「空虚な人物」という通俗的な物語化は、ブレヒトがマルクスから引く「あらゆる社会的諸関係のアンサンブル」としての唯物論的人間像と、歴史への批評的=危機的感覚を解消してしまう。

もし『三文オペラ』に「覚醒」があるならば、それは「銀行強盗なんて、銀行設立と比べたら、話になんないっしょ」という、マックヒースの辞世の言葉であろう。この取って付けたようなブルジョワ批判の演説は、ブレヒトが一九三一年の出版にあたって文字通り「取って付けた」ものだが、マックヒースによる階級意識の「覚醒」(「中産階級に属するケチな職人」)であるとともに、初演における不徹底な社会批判からの、作者自身の「覚醒」でもある。

『三文オペラ』初演の十年前、ルクセンブルクは、搾取を本質とするブルジョワ社会では諸階層が容易くルンペン的に堕落すること、商人の暴利、公金横領、強盗等、あらゆる悪業の差が当時のドイツで曖昧になり、「まじめな市民生活と監獄との間の境界が消えてしまった」ことを書きとめていた(『ロシア革命論』)。彼女に倣い、こう応答することもできよう――マックヒースとは、ルンペン的堕落のありふれた一形態である。(大岡淳訳)
この記事の中でご紹介した本
三文オペラ/共和国
三文オペラ
著 者:ベルトルト ブレヒト
翻訳者:大岡 淳
出版社:共和国
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