周縁から生まれる ボーダー文学論 書評|越川 芳明(彩流社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月16日 / 新聞掲載日:2019年2月15日(第3277号)

周縁から生まれる ボーダー文学論 書評
「周縁」という不可視の創造領域
広大な混淆領域から帰還した百戦錬磨の旅人が語る

周縁から生まれる ボーダー文学論
著 者:越川 芳明
出版社:彩流社
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不思議な力を孕んだ本である。「周縁」文化について「論じて」いるかのように見えながら(論じてはいるのだが)、後で思い出してみると「論」とは別の部分が強く残っていることに気づかされる。「周縁」という広大な混淆領域から帰還した百戦錬磨の旅人がその体験談を片っ端から語っている。物理的には存在しないともいえる(存在してはいるのだが)「周縁」という領域で、実に多くの、それぞれの強さを帯びた人々や作品、行動や出来事のあいだに分け入り、強烈な想像力をすり込まれて、やがて自らもその領域の一部となっていく。タイトルの「周縁から生まれる」というよりも「周縁」という不可視の創造の領域を「生み出す」書であるともいえる。

七つの章からなる。表題が付いた第1章の冒頭はいきなり不意打ちのような高橋源一郎論から始まり、目取真俊、田中慎弥へと連鎖していくが、分量と内容の混淆度、そして美しい言葉の多さからしても、次に収録された詩人伊藤比呂美との対談は本書の最初の白眉である。キューバに長年通い詰めるうちに著者は、ヨーロッパから強制的に移住させられて家族も離散したアフリカの人々が唯一守ってきた「精神の支え」に強く惹かれていく。それは「故郷から唯一持ってこられたもの」、すなわち信仰であった。「ハイチでヴードゥー、ブラジルのバイーア地方ではカンドンブレ、キューバではサンテリア」と呼ばれるその宗教は、ローマ・カトリックへの改宗を強要されたアフリカの人々が、表面上はキリスト教を装いながら実際には秘かに温存し継承したものだった(「キリスト教の聖者たちの中から自分たちの精霊と似た特性があるものを見つけだしてきて、両者を重ね合わせて祀っちゃうんですよ」)。

こうしたキューバの「シンクレティズム(習合)」から日本の隠れキリシタンの話に連鎖し、米国在住の伊藤の故郷が熊本であることから(「隠れキリシタンのことはまかせて」)「納戸が、実は祭壇だったり」「ピジン語化したお祈りや賛美歌が聞けたりもする」例が示される。サンテリアの入門の儀式の描写が著者の生々しい言葉で伝えられ、「スペイン語まじりのヨルバ語を使って、精霊に捧げる歌をうたいながら、生け贄を捧げ」たことから、伊藤の般若心経への傾倒とその翻訳の話題へと繋がっていく。サンテリアの儀式と日本語での般若心経がその体験者らの言葉の響きあいのなかで幾重にも交じり合って鳴っていく。

第2章の「迷子の翻訳家」も濃密である。「ハダシの学者・西江雅之」の家に赴いて話し込み、例えば『不思議の国のアリス』の各国語翻訳のコレクションを見せてもらう(「挿画に描かれたスワヒリ語のアリスは、やせてかわいいが、色の黒い女の子だった」)。管啓次郎と翻訳と旅について語り合い(管「越川さん、訳しながら泣くことってありますか」、越川「難しすぎて泣くことはありますけど(笑)」)、沼野充義と新元良一とは村上訳『キャッチャー・イン・ザ・ライ』と野崎訳とを比較しつつ熱のこもった解釈をぶつけ合う(「ワスプ的な体制の中で、アイルランド系だのユダヤ系だの、周縁に追いやられた人たちが自分を社会的に成功させようとするとき、自分の出自を隠したり、擬装したりすることがある。そういう面を含んだ小説」)。著者が翻訳者である作家ロバート・クーヴァーや、「東京と千葉のライブハウスでチカーノバンド「ケッツァル」と共演して、ポエトリー・リーディングをするために」初来日したルイス・J・ロドリゲス、映画『バベル』や『メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬』の脚本家ギジェルモ・アリアガらに会ってじっと耳を傾ける。

本書にある夥しい数の名前の音の多様さは第2章まででもすでに強く印象づけられる。その後も「他者」「歴史」「戦争」「縁」などを巡って次々にモザイク細工のように文章が敷き詰められていく。様々に異なる土地、たくさんの異なる声、途絶えることのない物語。二〇年以上にわたって足の裏に土の感触を直に感じながら描いてきた軌跡がここにある。研究者で文学者で旅人でサンテリアの最高司祭。著者をひとことで名付ける言葉がない。

第1章冒頭で、村上春樹の主人公の口癖が「やれやれ」であるのにたいし、高橋源一郎の場合はどうか、と切り出される。その答えの言葉をここで書くことができない(書くことはできるのだが)。それが「中心」の規範をすり込まれた書評子の限界であり、本書が体現する意味で周縁を「生きる」ことのできないある種の情けなさでもある。でもそういう者たちのために本書はあるともいえるのだ。
この記事の中でご紹介した本
周縁から生まれる ボーダー文学論/彩流社
周縁から生まれる ボーダー文学論
著 者:越川 芳明
出版社:彩流社
以下のオンライン書店でご購入できます
「周縁から生まれる ボーダー文学論」出版社のホームページはこちら
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