「もしもあの時」の社会学 書評|赤上 裕幸(筑摩書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月16日 / 新聞掲載日:2019年2月15日(第3277号)

「イフ」の想像力を掘り起こす メディア社会学の試み

「もしもあの時」の社会学
著 者:赤上 裕幸
出版社:筑摩書房
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「あのときこうしていれば、違った人生になっていたかもしれない…」と想像することは誰にでもある。しかし、こうした想像力は学問の対象にならない、と思われている。こうしたなか本書は、映画や小説で描かれた「歴史改変SF」と、学術的な観点から検討を行った「反実仮想の歴史」とを分析することで、「もしもあの時」という「もうひとつの歴史」を考察している。

こうした問題設定が評価されるべき理由は、現代の社会学やメディア論、あるいは広く学問をめぐる状況と関わる。少なくとも社会学について言うと、一九八〇年代〜九〇年代のいわゆるポストモダン論についての反省から、二〇〇〇年代〜一〇年代には、エビデンスに基づく実態調査が盛んになっている。その背景には「構築されざる事実」を調査によって捉えるのが社会学だという考え方がある。もちろん、社会調査の重要性自体は論を待たない。

しかし、現実に起こった事柄だけで、当の社会やそこで生きる人々のあり方が分かるわけではない。例えば、冒頭で挙げた日常的な「イフ」を空想するのも人間だ。さらに、社会を「個人の総和以上のもの」と考える社会学の原点に立つならば、ある集団や社会に共有されている想像力もある。そのなかには、「歴史のイフ」や「ありえるかもしれない未来」を考えることも含まれている。なお、歴史改変SFは歴史修正主義とも結びつきうる危うさを秘めているが、本書はこのことにも注意を喚起している。そうした留意のうえで、当時の人々が未来に対して発したメッセージのひとつと分析されている。

一方、評者が物足りなかった点は、映画や書籍以外のメディア、特にゲームとの関わりである。もちろん、光栄の『提督の決断』などのシミュレーションゲームからの影響や、ボードゲーム・デザイナーの佐藤大輔が架空戦記小説も執筆していたことがふれられている。しかし、「歴史のイフ」の想像力を考えるうえで、ビデオゲームや、それに先行するアナログの戦争シミュレーションゲームの歴史は、より詳細な検討が必要だったのではないだろうか。例えば、荒巻義雄の読者参加型小説について述べられているが、ここでの参加のあり方はかなり「ゲーム的」なものに思える。さらに、そもそも「イフ」の表現は、もともとプレイヤーによる能動的なプレイが(典型的には、ノベルゲームにおける選択肢のような形で)組み込まれているゲームというメディアと相性がいい。こうした点から、他のメディアとの関係、特にゲームについてはさらに深く考察する必要があると言える。

最後に指摘したいのが、いくつかのメディアにおける「ありえたかもしれない歴史」を考えた本書自体が、「ありえるかもしれない社会学」を提示する媒体になっていることだ。これは、日本社会では歴史改変SFは盛んだが、反実仮想の歴史は少ないという状況、言い換えると、「もしもあの時」の想像力が文学や芸術、ポピュラーカルチャーなどの「文化」の領域に限定されていて、社会学やメディア論を含む「科学」領域では抑制されている現状を考えると、本書の試みの貴重さはより増す。したがって今後は、社会学に限らず、「歴史のイフ」や「もうひとつの社会」を読者に示すような、豊かな学問的著作が続いてほしい。こうした想像力自体が、未来を変えていく指針になるだろう。
この記事の中でご紹介した本
「もしもあの時」の社会学/筑摩書房
「もしもあの時」の社会学
著 者:赤上 裕幸
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
「「もしもあの時」の社会学」出版社のホームページはこちら
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