エスタブリッシュメント 書評|オーウェン ジョーンズ(海と月社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月23日 / 新聞掲載日:2019年2月22日(第3278号)

エスタブリッシュメント 書評
「実効力」のある本
エスタブリッシュメント=ニセモノの新自由主義

エスタブリッシュメント
著 者:オーウェン ジョーンズ
翻訳者:依田 卓巳
出版社:海と月社
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なんだこれは、日本とまったく同じではないか、という思い。それとは正反対に、日本とはなんと大きく隔たっていることか、というもう一つの思い。この本からは二つを同時に受け取ってしまう。それもかなり強烈に。

オーウェン・ジョーンズは、前著『チャヴ』(同じく海と月社刊)で一躍知られるようになった人物である。「チャヴ」(Chav)とは、イギリスで「粗野な下層階級」に対して向けられる蔑称で、彼はチャヴの実質と社会が植えつけよとしているイメージの双方を描き出し、副題にあるように「弱者を敵視する社会」を怒りを持って糾弾した。

そして「チャヴ」を生み出すような富と権力の側にフォーカスして執筆したのが、第二弾の本書『エスタブリッシュメント』である。

エスタブリッシュメント。日本語に訳すにあたっては「支配階級」という言葉が最初に充てられることが多いが、それでピンと来る人はほとんどいないだろう。本書では、自分たちに利益をもたらしてくれる仕組みを守るためには手段を選ばない連中、弱者を騙して、連帯できないように巧妙に分断し、自分たちの栄華をむさぼる連中のことをこう呼んでいる。

圧倒的な不正義が表に出ないように、エスタブリッシュメントたちは互いにヨコに手を携え、社会を支配する。政界と官界が結託し、メディアが都合の良い報道をし、国家が、警察が、財界が守ってくれる。ちゃんと民主主義は機能しており、イギリスは立派な「主権在民」の国家だという幻想を持たせることなど難しいことではない。

本書の核心は、こうしたエスタブリッシュメントの態度が、「新自由主義」の名の下に行なわれていながら、それがニセモノの新自由主義に過ぎないことを暴き出した点にある。イギリスのエスタブリッシュメントは、自由市場こそが社会の成長と進歩をもたらすのであり、国家の介入はその妨げにしかならない、と公言して憚らない。しかし実際は、大企業は莫大な研究開発費や補助金を国家から受け取り、道路や空港、鉄道など国家が建設したインフラなしには何もできない。そのいっぽうでは、エスタブリッシュメントの多くが公教育を無視し、税制上は慈善団体として扱われる私立学校で子どもたちを学ばせている(要するに莫大な税金を免除されている)。

どうだろう。政界と財界が、そして広告代理店の押さえたメディアが結託して、歪んだ政権を長期化させているどこかの国と瓜二つではないだろうか。

そしてもう一つのほうの思い。それは、ブレイディみかこ氏による解説に端的に書かれている事に関係がある。著者のオーウェン・ジョーンズは、労働党と非常に近く、彼の読者もまた労働党支持者が多いことである。反緊縮を訴え、泡沫候補と呼ばれながらも労働党党首になり、就任後は飛躍的に党員数を増やしたジェレミー・コービンはオーウェンの友人であり、オーウェンはずっと彼を応援してきた。

つまり、この本は闘いの本であり、現状のドキュメントであると共に、実際に政治を動かすことのできる中枢近くに確実に位置するものなのだ。こんな「実効力」のある本が日本語の本であるだろうか。

オーウェン・ジョーンズの書き方の特徴として、自分が書く地の文と、取材やインタビューで得た他者の文を、さほど分けて書かない、ということがある。聞いてきた話や証言はむろん「 」の中に入れてあるが、ここからはその人物の発言であるとして改行したり、行を開けてみたり、ということがない。何が言いたいのかというと、もったいぶったところがまったくないのだ。しかも、わざわざアポを取って会いに行ったはずなのに、ほんの三行程度しかその人の言葉を引いてなかったりする。

そして、これがまた驚くべきことなのだが、本書を書くにあたって、おびただしい数の人物に取材している。自説の開陳より、まず証言。できるだけ多く、できるだけ具体的に。文中では発言の核心部分のみでけっこう。これがオーウェン・ジョーンズのスタイルであり、その惜しみなさ、クールさに痺れる。

オレはオレでこうやってる。さて、あなたは? そう問いかけてくる本が、ここにある。
この記事の中でご紹介した本
エスタブリッシュメント/海と月社
エスタブリッシュメント
著 者:オーウェン ジョーンズ
翻訳者:依田 卓巳
出版社:海と月社
以下のオンライン書店でご購入できます
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