82年生まれ、キム・ジヨン 書評|チョ ナムジュ(筑摩書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月23日 / 新聞掲載日:2019年2月22日(第3278号)

82年生まれ、キム・ジヨン 書評
自分自身の〝声〟を取り戻すために 「おとなしく、するな!」
思いを言語化する訓練、 「相手にしなくてもいい」という切り札

82年生まれ、キム・ジヨン
著 者:チョ ナムジュ
出版社:筑摩書房
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 『82年生まれ、キム・ジヨン』(斎藤真理子訳)は、韓国で一〇〇万部を突破したベストセラー小説。日本でも初版が即完売し、一時書店で手に入らない状況が続いていた話題の一冊だ。

キム・ジヨンは、八二年生まれの韓国人女性に最も多い名前。本書は、彼女の誕生の経緯から思春期、受験、就職、結婚生活を、その年代ごとに描き出す。

子育てに励んでいたジヨンは、ある異常行動をとるようになり、精神科を受診することになる。物語は、その担当医が書いたカウンセリングの記録という体裁をとる。

過去の伝統社会における男尊女卑と、現代に生きる女性の苦しみは、全く異なる性質を持つ。本書は、両者をつなぐ物語だ。ジヨンの母親や祖母の世代は、幼いころから兄や弟の学費のために働き、男の子を生むことを強いられてきた。その抑圧は厳しく、女児の中絶が蔓延し、出生の男女比の均衡が崩れてしまうほどだった。女の子が生まれる前に抹消される時代があったのだ。

ジヨンは狼狽する。そんな母親世代と比べれば世の中は大きく変化し、法律も制度も変わった。〈しかしその中のこまごまとした規則や約束や習慣は、大きく変わりはしない。だから結果として、世間は変わらなかった〉。

公園で見知らぬ会社員の男から告げられた「ママ虫」という言葉をきっかけに、ジヨンの心は壊れてしまう。現代の女性嫌悪は、むしろ「不当に恵まれている」として女性を攻撃するものに変わっているのだ。社会は表面的には変化したものの、「女性嫌悪」という形で差別は依然として存在している。

ジヨンはかなり恵まれた環境にいる。強い母親、お手本を示してくれる姉、思いやりに溢れた女性上司も登場し、夫は理解を示そうと最大限に歩み寄る。にもかかわらず、ジヨンの声は潰されていく。彼女を取り巻く問題は、男性中心社会によるもので、個人の努力で解決できる問題ではないのだ。

データに裏打ちされた細かなエピソードを丹念に描くことで、その実情を徹底的に突きつけてくる。果たして、ジヨンは自分自身の声を取り戻すことができるのか。

本作は、女性の物語に重要な「格差」を描くことを意図的に避けている。セックスの体験と、結婚に至る恋愛の過程が省かれているのだ。結果、ロマンチックラブ・イデオロギーに回収することなく、社会の不条理に目を向けさせる構造となっている。

男性たちの不躾な発言に対し、ジヨンは口をつぐみ、やり過ごす場面が繰り返し描かれる。空気を読まずに抗議すれば、余計に攻撃されるかもしれない。また、「黙らされる」構造は、攻撃の形をとるとは限らない。家事を巡るダブルスタンダードが代表的なものだ。「家で遊んでいて」と馬鹿にされたかと思えば、「家族の生命を守る仕事」と持ち上げられる。「母親は感心だ、偉大だ」と称賛される度、ジヨンは苦しむ。〈そんなことを言われると、大変だってことさえ言っちゃいけないような気がするから〉。またしても彼女は「黙らされている」。そんな彼女の姿は、日本の女性たちが置かれている状況とぴったり重なってくる。

くじけそうになるジヨンに母は活を入れる。「ジヨンはおとなしく、するな! 元気出せ! 騒げ! 出歩け! わかった?」。その言葉に励まされ、癒されている自分がいた。強気な不良少女、付きまとう男から守ってくれる女性など、本書の女性たちの声は強く頼もしく、自分の人生には登場しなかった心強い応援団を得たような気持ちになったのだ。

併せて紹介したいのが『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(すんみ・小山内園子訳)。韓国社会に大きな衝撃をもたらした、江南駅女性刺殺事件をきっかけに書かれた一冊。それゆえ、非常に熱のこもった文体で家父長制が生む不条理、女性嫌悪の実体を暴いている。

副題の「黙らない」という言葉から、男女間での「対話」を想像させる。もちろん対話の実践を説いた一冊でもあるが、本書が大前提として何度も訴えるのは、会話する意志のない人を「相手にしなくてもいい」ということ。本書は、差別に無頓着な相手から心を守る強力な切り札になるだろう。

両著から浮かび上がるのは、女性が「黙らされる」構造が、社会のあちこちに巧妙に仕掛けられている実態だ。声を上げたい気持ちと、目の前の世間と折り合いをつけて生きていく実情の狭間で、葛藤せざるを得ない私たち。今、新しい言語を学ぶように、自分を守るための知識と、思いを言語化する訓練が必要だ。現代を生き抜くための必読書として、両著を強く勧めたい。
この記事の中でご紹介した本
82年生まれ、キム・ジヨン/筑摩書房
82年生まれ、キム・ジヨン
著 者:チョ ナムジュ
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない/タバブックス
私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない
著 者:イ ミンギョン
出版社:タバブックス
以下のオンライン書店でご購入できます
「私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない」出版社のホームページはこちら
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