福島泰樹歌集 大正行進曲 うたで描くエポック 書評|福島 泰樹(現代短歌社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年2月23日 / 新聞掲載日:2019年2月22日(第3278号)

福島泰樹歌集 大正行進曲 うたで描くエポック 書評
過激なエロス的抒情、歌の多声が織り成す構造
現代最高の歌僧による、うたで描く大正期のエポック

福島泰樹歌集 大正行進曲 うたで描くエポック
著 者:福島 泰樹
出版社:現代短歌社
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本歌集『大正行進曲』は、著者の三十一冊目の歌集である。「うたで描くエポック」を副題とし、表紙を飾るのは、『月に吠える』の装丁で知られる田中恭吉の作品である。その扉を開けば、〈号外のベルやかましき停車場に堀口大學その若き友〉。

『大正文学史』(臼井吉見)は、大逆事件にはじまり芥川龍之介の死で終る。明治末から大正期は、西暦の一九一〇年代から二〇年代である。その時代は、明治と昭和を結ぶ大逆事件と関東大震災のふたつの大きなエポックがあり、平成の時代とは、内的につながる現象や事件の宝庫として、現在を語る多視点の道しるべである。

福島泰樹氏の歌唱は、いつもファンの集う月光の夜、「よせやい」の高唱である。下谷の法昌寺は、毘沙門天を祀り、立松和平の墓とたこ八郎の地蔵が立つ。寺の法統は、京都の法華宗本能寺につながり、歌人の抵抗魂は、ここをルーツとする。若き日の地方での修行と無住の寺の本堂復興は、父からの厳しい愛と慈悲の鞭ではなかったろうか。本歌集では、大正五年に生まれ、若くして死んだ母をうたう歌が一首みえる。要職にあった父・日陽をうたう歌は見出せないが、大逆事件の起こった一九一〇年(明治四三)こそ、まさに父の生まれた年である。〈「十二人とも殺されたね」うん、深川行きの小窓に映る浅草の灯よ〉。父の生年を歌初めとする本歌集は、「大逆の歌」の「序」からはじまるのだ。

序と四章三百首からなる本歌集は、「鶏頭の歌」「万物流転の歌」以下、「大八車の歌」「髑髏の歌」と、大逆事件から関東大震災、渦中の大杉栄事件で終る。啄木や荷風、春夫や白秋などの文人、画人、無政府主義者を具体的な「モノ」として過激なエロス的抒情を深層から噴出させる歌の多声が織り成す構造は、再現された歴史と事物の織物である。土地とつながり、各章の解説と詩の引用は、百年前の存在風景を再現する。固有名詞には旧字をあて、実証のテクストを浮きぼらせる。動詞的短歌と名詞的俳句を歌論のうちに共存させる織物は、時代の光と影を、空気と事件を、情念とエロスを再現した。

〈詩を書くは条理にあらず青い空へ剥製の鳩放ちやるため〉。かつて、吉本隆明さんが、初期の福島短歌について、これ以上はかけないほどの長い「福島泰樹論―風姿外伝」を渾身の力を振るって書いた。〈吉井勇作詞であろうことなどは知らず歌いき「ゴンドラの唄」〉〈一行のボードレールに然ざれば田端崖下夕日あかあか〉と、「平明さ」と「フィクション」により歌われる大正期のエポックが、現代短歌の形象をかたどる。そこにある情念は、内なるロマンティシズムである。福島泰樹の一人称詩型は、はなやかな大正期の影で、時代の冬の底辺を真摯に生きた大正人への、愛と慈悲のポエジーである。

歌集『下谷風煙録』やエッセイ集『追憶の風景』が語る個への追憶と土地への愛借から、〈大正十二年師走十六 空蒼く霞む涙の旗はためくを〉と、叙事詩的な掘り込みが、歴史と情念の韻を表象させて織る。〈「時代閉塞の現状」ならば仕方なく投げし礫の波紋は立たず〉と、百年前の大正時代をうたで描くエポックは、大乗の慈悲による、移ろいゆく歴史のまにまに死んでいったおおくのひとへのレクイエムである。あれから百年がたった。多声の行進曲を描く福島泰樹は、苦行と抵抗の現代最高の歌僧である。
この記事の中でご紹介した本
福島泰樹歌集 大正行進曲 うたで描くエポック/現代短歌社
福島泰樹歌集 大正行進曲 うたで描くエポック
著 者:福島 泰樹
出版社:現代短歌社
以下のオンライン書店でご購入できます
「福島泰樹歌集 大正行進曲 うたで描くエポック」出版社のホームページはこちら
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