丸山真男×埴谷雄高×加藤周一  一年の後十年の後 ――黄金の60年代か危機の60年代か 『週刊読書人』1960(昭和35)年1月1日号|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月24日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第306号)

丸山真男×埴谷雄高×加藤周一 
一年の後十年の後 ――黄金の60年代か危機の60年代か
『週刊読書人』1960(昭和35)年1月1日号

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1960(昭和35年)新年号
4-5面
朝鮮戦争ではじまった一九五〇年代は、月ロケットとアイク-フルシチョフ会談でその幕を閉じた。過ぎ去った十年間、平和は細い一本の糸でかろうじて支えられていたといえる。
そしていま、世界史の歩みは一九六〇年代に入った。これから迎える十年間は、戦争か平和か、危機の時代か黄金の時代か-そこには、今日に生きるひとりひとりの責任が問われる大きな問題が横たわっている。新しい年を迎えて、本紙では、向う一年間と向う十年間という区切りで、六〇年代の展望を埴谷雄高(作家)、丸山真男(東大教授・政治学専攻)、加藤周一(評論家)の三氏に話し合ってもらった。
第1回
共存と緊張緩和へ 競争の舞台 低開発地域に

二つの世界

編集部 
 向う一年間、向う十年間というふうに考えると、一番の問題は安保条約の問題じゃないかと思われるので、そこらから日本と中国との問題とか、A・A諸国と日本、A・A諸国と中国の問題とか、アメリカの政策の問題とか、ソビエトの政策の問題とか、そういうのを全部ふまえた上で平和共存の問題というようなところへ話を進めて行っていただけたらと思うんですけれど……。
埴谷 
 加藤くんは安保改定問題を熱心にやってるから口切りをどうですか。……

十年というと分らなくてね、大体、無責任な放言みたいな話になるけど、一年ぐらいなら幾分緻密に見通せるんじゃないですか。
丸山 
 しかし、逆の面もあるんだよ。一年ぐらいが一番むずかしいという。(笑)これから数年間の大ざっぱな傾向っていうのは分るけど、この一年に何が出てくるかということになると……。
埴谷 
 改定される安保条約は今年締結されるわけでしょう。
加藤 
 今年の初めに調印して、春に批准するかどうかということですね。ふり返ってみると、日本が無条件降伏占領という状態からサンフランシスコ条約を結んで一応独立国になるということ、それが冷たい戦争の一番激しい時に行われた。安保条約はそういう状況の直接の反映です。ところが世界全体として六〇年代には、五〇年代の冷たい戦争と別の考え方の上に、国際情勢が発展する可能性が強くなってきた。そこでもし今、日本政府がみずからすすんで安保条約を改定すれば、実質的に五〇年代の政策的方向を強め、固定するということになる。

冷戦の考え方を六〇年代に延長しようとすることに無理がある。これが安保条約改定問題の一番の要点じゃないか。情勢の変化を理由にたくさんあると思う。その一つは五〇年代の終りになって、核兵器とその運搬手段に関し、ソ連の技術が発展して力の均衡が生じたことでしょう。それが一つの条件だと思うんです。もう一つ、五〇年代に起った大きなことは、戦争の強い打撃を受けたソ連でも中国でも、五〇年代には回復の傾向が顕著で、十年間たってみると経済的な発展の早いことがあきらかになった。それが二番目の大きな要素ですね。

そういう二つのことが冷たい戦争の論理を推し進めることを困難にしてきたんで、どこかで考えを切替える必要が起ってきたんじゃないか。別な言葉で言えば、六〇年代になって、フルシチョフの訪米に現われたような新しい考え方が、元へ戻るということは――小さな波としてはあるでしょうが――全体としては私はないんじゃないかと思うんです。
埴谷 
 さっき「十年より一年のほうが観測がむずかしいんじゃないか」という話があったけど、ぼくなんかもそうで、できるだけ大きく見たほうがやりよい。(笑)
丸山 
 埴谷さんのは十年どころか三世紀ぐらいじゃないの。(笑)
埴谷 
 十年よりむしろ半世紀ですね。というのは、ぼくの感じでは、二十世紀後半は、帝国主義がどう変質するかという問題になる。これはすでにソビエトの平和共存が帝国主義戦争不可避ならずという考え方と資本主義国は軍事産業なしにも成り立ち得るという見解に裏打ちされて現われてきている。これはソビエトという体制における帝国主義の理解ですね。

ところが、これはソビエトの理解であって必ずしも社会主義全体の見解であるかどうか分らないんです。というのは、中国では香港とかマカオというまだ植民地形態をとってる――小さい部分であるけれども――部分があって、台湾がまた現在のような状態にあると必ずしもソビエトと同意見であるとは思われない。ということは、今後十年の裡にソビエトと中国との間に帝国主義について意見の相違が生ずるかもしれないということですね。それから生ずるかもしれないその意見の相違を、アメリカがどういうふうに受止めるかということも日本の安保条約改定の未来に含まれてくるんじゃないかと思うんです。

加藤君の言うように、世界の大勢は進められて行くでしょうけれど、じぐざぐはかなりあると思いますね。これは今の理論的な面ばかりでなく、東南アジアの独立諸国および北鮮などに対する主導権という問題もあって、これはかなりむずかしいことになるんじゃないか。そして六〇年代はこの社会主義内部における発展の変化による意見の相違がかなりはっきり出てくる時代じゃないかという気がする。というのは、人民公社ですね。これは単に生産力の増大という面ばかりじゃなくて、軍事的な面でも重要な要素をはらんでる。これが今後十年のうちにどうなるかということを考えれば、帝国主義に対する対立の面がかなり増大してくると思う。

核兵器時代における人民公社が軍事的にどういう力を持つか、ちょっと矛盾したように見えるけれども、朝鮮戦争で負けなかったというファイトが後押しするとどの程度まで伸びるか、これは重大事でしょうね。
加藤 
 中国のなかの問題というのは私にはむずかしい。人民公社を中心とした中国が今後十年間にどういう方角へ発展するか。ダレス氏の考え方は、二つのことを前提としている。一つは共産主義政権は弱いものだということ。人気がないから容易にひっくり返せるだろうということ。もう一つは真空論、戸締論で、力の弱い所には武力をもって出てくるだろうということで、共産主義政権はア・プリオリに侵略的だという前提です。この二つの前提がすべての政策の出発点だった。

ソ連側から見ると、いま埴谷さんが言われたように、根本的には「資本主義である限り帝国主義戦争は必然的である」という考えがあった。これはダレス氏の戸締論に該当するので「もし力が弱いと攻めて来る」ということ。もう一つは「資本主義は必然的にひっくり返る。恐慌は避けられない。結局崩壊するであろう。」というこれはダレス氏の「共産主義政権は弱い」という説に該当する。

その考えを、ソ連側は第二〇回党大会で否定した。米国側はキャムプ・デイヴッドではじめて公式に否定したといえるのではないかと思う。

私は六〇年代は、共存と緊張緩和の方向に進むと思う。しかしそこには競争がある。競争の舞台は低開発地域になるだろう。その地域で民族主義がいちばん激しい形をとるのは、黒人アフリカ、両体制の競争に大きな意味をもってくるのはインド、じゃないかと思います。
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