岡本太郎×安岡章太郎×開高健  遊びの哲学 遊びの条件 ――レジャー時代の逆説的文化論 『週刊読書人』1964(昭和39)年1月1日号(1/3日合併)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年2月24日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第506号)

岡本太郎×安岡章太郎×開高健 
遊びの哲学 遊びの条件 ――レジャー時代の逆説的文化論
『週刊読書人』1964(昭和39)年1月1日号(1/3日合併)

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1964(昭和39年)新年号
2-3面
レジャーという言葉が週刊誌からモードの世界にまで入りこんで、日本人はあたかも一億総”遊び”の時代に生きているような錯覚にとらわれかねない今日このごろである。レジャーという言葉の輸入元である社会学者たちは、この現象の解説に忙しいが、”遊び”の解釈学は盛んでも、一向に”遊び”の哲学は現れそうにない。日本人らしい勤勉さで血まなこに追い求められる。画家の岡本太郎、作家の安岡章太郎、開高健の三氏に、それぞれの外国生活の体験をもまじえて話し合ってもらった。(編集部)
第1回
余裕のない生活感覚 血まなこになって遊ぶ日本人

岡本 
 ほんとうの意味での遊び、身も魂もというと変な言い方だけれども、まったく遊べているというのは、一応の年令に達しないとできなんじゃない? わかいときには、遊ぶときに緊張感をもつし、それかあ、遊んでいながら、なにか一種の……
開高 
 虚栄がありますしね。
岡本 
 虚栄と、それから、これでいいのかなという。ひとつの反省みたいなものもあるしね。それからまた、遊び方を知らない。知らないから、自分で夢中になっていながら、しょちゅうずれているものを意識するんじゃないかと思うんだ。そういうあきらめも手伝い、また経験もつみ、自分の限界を非常に鷹揚に見通したような年令になってはじめて、平気で遊べるんじゃないかな。
開高 
 こどもになると、どうでしょうね。
岡本 
 こどもは、全部遊びだからね。
開高 
 おとなの世界が侵入してくる以前のこどもというと、何才ぐらいになるんですか。
岡本 
 それは、だいたい、小学校の二年ぐらいまでだな、ぼくのいままでのいろいろの観察によると。三年ぐらいからあぶなくなってきて、四年、五年になると、これはおとなになってしまう。かなりはっきりしたラインですよ。というのは、これは絵を見るとわかるんだ。ほんとうに自由な絵が描けるのは、二年ぐらいまでだな。三年からだめになってくる、だいたいにおいて。というのは、はっきりした証拠ですよ。それからは、ほんとうに遊べなくなってくるんだな。
安岡 
 それはそうかもしれないな。だけど、ぼくは、「遊ぶ」ということばはきらいですね。「遊んでいる」というようなことを言うのを聞くと、きざったらしくてね、非常に。六本木で遊んでいる、とかなんとかいうのね。
岡本 
 それもいやだけれども、いわゆる、功なり名とげたような感じのものが、余裕をもって遊んでいるというのも、きらいだな、おれは。若いやつが無理して遊んでいるというほうが、悲壮でいいな。年よりが遊んでいるというやつは、大きらいだ。
開高 
 雪山なんて、悲壮のかたまりじゃないですか、スキー。
岡本 
 あれはしかし、遊び自体と同時に、肉体の抵抗みたいなものがあるからね、ああいうのはまだまだいいと思うんだけれども、肉体の抵抗がなくなって遊んでいるときの虚無感みたいなものね。それをうまくコントロールしたやつはすばらしいけど。
開高 
 しかし、全体の印象から見ると、いま岡本さんが言ったように、年令的な関係もあるんだろうと思うけれども、まだ、眉を開いて遊んでいるという感じはないね。
安岡 
 しょうがないだろう。だいたいひまがないよね、一般に。ともかく、遊ぶとか、遊ばない前に、休まなくちゃならないんじゃないかな。(笑)
岡本 
 だいぶ心細くなってきたな。
開高 
 わびしくなっちゃうんだ。
安岡 
 わびしくならなくてもいいよ。それは、しょうがないんだよ。遊ぶほうが楽しそうには見えるけれどもね、しかし豊かになってからでいいですよ。通って見ただけだけれども、フランスみたいに金持ちの国、それから、ロシアとか、アメリカとかを見るとね、アメリカは金があってもつつましいわけだよ。フランス人なんていうのが、いちばん遊んでいるような気がするからね、何していたって。
開高 
 何して遊ぶかは別として、遊ぶことを心得ている。つまらんことを取り上げても、遊ぶ方法を知っているという感じね。そういう感じはするな。
安岡 
 飯食っているのを見たって……。それは、食いものがうんとあるところだし、そう、日本と同じようにいったってだめだ。
開高 
 ところが、フランス人に言わしたら、戦後のフランスはもうだめだ、みんな遊んでおらんという。昼飯の時間だけ取り上げてみても、戦前に比べれば半分になってしまった。あのオートマットという簡易食堂みたいなものができて……あんなもの、全然、食べるということじゃない、ビジネスだ、フランスもだめだと言って、嘆いているのもいたよ。
安岡 
 それは比較すればね。なんといったって、余裕があるか、ないかだね。それがいちばん先決だよ。
岡本 
 いちばん血まなこになって遊んでいるのは、日本人だろうな。生活の上でも血まなこ、つまり、仕事しても、血まなこになって仕事している。遊ぶときも、血まなこになって遊んでいるのは日本的だと思うね。パリなんかの町を見ると、何しているんだかわからない、プラップラッと町を歩いているやつが、何人でも至るところにいる。何時から歩きはじめて、何時におわるんだかわからないようなやつがね。ニューヨークだって、必ずしもせかせか歩いていないですよ。ところが、東京に限らない、日本全国、どんな町に行っても、手を上げれば何かつかんでとって、そこから別のところにもっていくためだし、走って横町から出てきたから何するのかと思ったら、ここに置いてあるものを持ち上げて、どっかへ……。なにかしらないが、コマネズミみたいにしょっちゅう働いていて、無目的的な行動をしているのは、一人もないわけだ。パチンコだって血まなこのパチンコだし、ジャラジャラときてもいいし、こなくてもいいつもりでやっているんじゃないですよ。親の仇を打っているような目つきで。あれ、たいへんな事業ですよ。また綿密に機械の性能を研究しながらやっているしね。(笑)
安岡 
 だから、たとえばいま岡本さんの言ったようなことが、教訓的な意見だとするでしょう。こんどは、血まなこになって、のんびりとした遊びをしようとするわけですよ。
開高 
 血まなこになって昼寝するか。(笑)
岡本 
 安岡章太郎のような感じがする。
開高 
 どこにいっても人があふれているし、家は果てしなくあるし、かりに東京から軽井沢に行く間で、人家の見あたらないところといったら、どのくらいあるかな。ないんじゃない?
岡本 
 いや、ない。
安岡 
 ないよ、それは。それから、人間が野良へ出て働いてない風景というのは、全然ないよ。ともかく、畑というのは人がいないな、外国へ行くと。
岡本 
 牧場は多いし、牛はいるけれどもね。
安岡 
 イモやなんかが植わっていたり、菜っ葉がいっぱい植わっているところでね、きれいにできているんだ、フランスの畑は。ロシアとか、アメリカと違ってね。あんなきれいなのでも、人がいないな。
岡本 
 なにか、まきっぱなしでいいようなものだね。手入れしないでいいような感じ、実に鷹揚だな。
開高 
 それと、ぼくはヨーロッパに行くとおかしく思うのはパリでも、ベルリンでも、どこでも、一歩町からはずれると、うっそうたる森林でしょう。ベルリンなんか、鹿が出てくるから、自動車は何キロ以上飛ばしちゃいけない。現に、野生の鹿がポンポン飛んでいるよね。それで、日本でヨーロッパの戦争映画を見たり、本を読んだりすると、ヨーロッパじゅう火の渦になっているみいたいなものだな。ヨーロッパにいってみると、そんなことはない。ブリューゲル時代みたいな森がうっそうと茂っているんだよ。あっちこっちに教会があって、チンカラコンと鳴っているしね、牡牛がモーと鳴くし、いったい、どこかで戦争があったんだろう。ヨーロッパの戦争というのは、けっきょく、都市と都市の間の戦争だけで、点と線みたいなものでね。自然というのは何一つとして影響なしに、そのままうっそうとして生き残っているという感じがする。ヒットラーが、戦争をしかけるときに、ドイツ人をけしかけるにあたって、おれたちは人口過剰で、領土がなくなったから、生活圏を東に求めようといったわけだけど、日本人の生活圏という感覚と、ドイツ人の生活圏の感覚と違うのかな、と思ったりね。
水族館のイワシみたいに、東京でもまれていると、あのうっそうたる森林が、ベルリンのすぐそこにあって……まず、野蛮ですよ、密林みたいで。人間なんていないし……いったいこれは、おれがよほど誤差に満ちているんじゃないかという気がしてね、生活の感覚について。それでまた考えちゃって、アジアの島国で、海の中に放り出されているから、こんなにくそ馬力発揮して、あまり世界におどろかれないですんでいるけれども、同じ人間が、同じ勤勉さで、同じ面積で、どこかヨーロッパの一国を与えられてごらん、ドイツ以上の人類の災厄みたいに見られるんじゃないかしら。
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