『週刊読書人』1962(昭和37)年 1月1日号 1面掲載 歴史の底からの出発 今年の思想的課題|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月10日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第406号)

『週刊読書人』1962(昭和37)年 1月1日号 1面掲載
歴史の底からの出発
今年の思想的課題

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“安保以後”という言葉が、なにかにつけ一つの区切りとして使われる今日このごろである。“黄金の年”というキャッチ・フレーズで幕をあけた六〇年代も、わずか二年にして思想的にも乱戦混戦の様相を呈し、敗北・挫折・崩壊などの言葉が、特殊なニュアンスをもってささやかれる。そのなかで、ようやく思想の自立が広く問題意識となりはじめた今年の思想界の課題を、清水幾太郎氏に論じてもらった。(編集部)

第1回
権力政治からの思想の解放

清水 幾太郎氏
 年頭に当って日本の思想界を概観し、諸潮流を区別し、それぞれに公平な評価を下すという仕事は、安保闘争敗北後の今日では、よほど特別の人間――良い意味よりはむしろ悪い意味で――でなければ手が出ないようになってしまった。普通の人間は、世間のことはどうでもよい、自分自身をどう立て直すか、それで頭が一杯になっている。

実際、いかに概観しようとしても、まともな思想の動きがそうあるわけではない。陳毅およびグロムイコの呼びかけ以来、それまでは禁句であった中立が俄に人気が出て来たという因縁を持つ中立論や、近隣諸国に歓迎され応援されているようなナショナリズム論から始まって、中ソ間の対立というのはデマに過ぎないとか、中印間に何があっても平和五原則は健在であるとか、メガトン・テストは平和の前進であるとか……いずれも、左翼小官僚のその場限りの発言であるか、そうでなければ、思想とは権力政治のその日その日の必要を弁明するものと諦めての慈善の発言であろうが、こういうものを真面目に論評するのは、昔から無理な話ときまっている。

思想と権力政治との結合ないし融合は、地上にソ連という国家が出現した瞬間から新しい規模で始まったことであり、社会主義諸国の発展に伴って、新しい平面における権力政治の拡大発達が見られるのは、一方、もとより当然のことであり、他方、それはそれで良いことであろう。権力政治の拡大発達を抜きにして、社会主義の発展を考えることが出来るのは、粗忽な思想史家だけである。しかし、「それはそれで良いこと」と言えるのは、「東風は西風を圧する」などという罪のない態度で済むことではなく、思想があの結合ないし融合から身を放って、権力政治をそれとして突き放し、それを高い価値に照らして審き得るだけの地位を確保しての上のことである。言い換えれば、現実における社会主義の発展と釣り合った――というのは、乗り換えた、という意味だ――思想の発展があっての上のことである。それを厭になるほど教えてくれたのが安保闘争なのであった。
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