桑原武夫×堀田善衞 『週刊読書人』1959(昭和34)年 1月1日号 2面掲載 日本文化の座標 アジアと西欧へ開かれた特異な窓|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月24日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第256号)

桑原武夫×堀田善衞 『週刊読書人』1959(昭和34)年 1月1日号 2面掲載
日本文化の座標 アジアと西欧へ開かれた特異な窓

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1959(昭和34年)新年号
2面
戦後十四年目を迎えた今年は、一昨年来、論壇をにぎわしてきた日本文化論があらたな展開を期待されている年でもある。そこで本紙ではかねてからこの問題に深い関心を示している桑原武夫(京大人文科学研究所教授・フランス文学専攻)と堀田善衛(作家)の両氏に、日本文化の座標、進路などをめぐって、いろいろ話し合ってもらった。

桑原氏は昨夏、京大登山隊長としてチョゴリザ遠征を行い、また堀田氏は昨秋タシケントのA・A作家会議の準備員として、いずれもアジア各地の空気に親しく触れてきたばかりの人である。その“新しい眼と心”をもって眺めた日本文化観を聴くことにしよう。(編集部)
第1回
ふわっと………民族統一 理屈ぬきで話の判る国

桑原 
 サマルカンドには行ったんですか。
堀田 
 あれはいいところですよ。東京、デリー、カイロ、モスクワ、北京という、この五点で結ばれるものの、古代と中世の星みたいなところだ。そして中央アジア一帯というのは、アジアの諸民族の集中しているアジアらしいアジアだと思ったですね。
桑原 
 タシケントなんていうところは、全部回教徒ですか。
堀田 
 全部ではないが回教徒です。けれどもいろいろ聞いてみると、回教というのはそれほどの影響力を、ソビエト内においてはもうないんですよ。精々おじいさんがうちの中で、ブツブツ、コーランを言っている程度で、まあ若い人には全然ないようですよ。二千万ぐらい、回教徒がいるということでしたが、ソビエトでは、たとえばそれの政治的影響力はほとんでないということでした。そのかわり、つまり回教の遺蹟、たとえばサマルカンドのいろいろな古い建物ですね、そういうものは大切に保存されていますよ。
桑原 
 そうすると、中国における回教徒とソ連における回教徒とは、ちょっと違いますね。中国のほうは、もう少し回教徒に力もあり、中国の今のレジームにまだ完全にとけこんでいないという感じがある。
編集部 
 レジームが人間を変えるということも考えられますが、やっぱりアジアの基本的な性格は共通だという考え方もあると思うんですが……
桑原 
 アジアのベーシック・パースナリティが一つだとは、簡単にいえないんじゃないかな。ぼくはパキスタンと山地のバルチスタンに行なっただけだから、よく知らないけれども……。
堀田 
 ぼくも行ってるところがほんの少しです。だけど、まあわかるみたいな気になれないことはない、こういうものだろうとね。大体、中央アジアに行ってみてはじめてわかったんだけど、トルコと蒙古というのはとても近いんですね。つまりトルキスタンというように、トルコ、ペルシヤ、アラブ、ギリシャ、それから蒙古、それから中国、それからインドですね、そういうようなものというのは、中央アジアの平原の中で一緒になっていますよ。文化的にも一緒に。

ところで、おもしろい古典劇というのは、大体異民族交渉がドラマツルギーの基本なんですね。どこやら王様がどこやらのお嫁さんをもらって、習慣が違っておかしなことが起ったり、悲劇が起ったり、これが演劇というものの一番基礎だったと思うんです。だから文化概念というものも、異民族交渉のおもしろさ、おかしさ、刺激、そういうものから出ているわけでしょう。だから日本においても、文化というものは、東方や西方との異民族交渉から起るいろんなドラマが、文化というものだったわけですがね、それをあまり異民族交渉としては受取らなかったんだな、西洋との接触というものをね。ひたすらに高い文化、真似るべきもの、とかというふうにうけとった。
桑原 
 異民族交渉というのが日本で本当にちゃんとあったのは奈良朝のころだけですからね。あのへんはちょっとおもしろいんだ。しかし、あれからあとは大きな民族移動はないしね。
堀田 
 外へ出て行くこともあまりなかった。だからまあ民族統一ということがいいこととして、民族統一というのは、とうに済んじゃっているわけでね。
桑原 
 よその国が血みどろな何かをやって片付けたことを、日本は大体、もう相当古代にやっているわけでね。スターリンがいっている民族形成の定義の要素の大部分は、日本では徳川期にすんでいる。国土の統一も、言語統一も、風俗の統一もできている。
堀田 
 徳川期以前までにすべて済んでしまっていますよ。その点日本民族は非常に特殊なんじゃないか。現在も民族形成の最中にあるのが、大体世界というものじゃないでしょうかね。
桑原 
 日本の愛国心とか、あるいはナショナリズムとかいうものがよそと違うのは、そういうことと関係すると思うんだ。たとえばフランスはフランス革命で統一ができた。よその国が大変努力をして作り上げた民族統一が日本は無意識のうちに、フワッとしているうちにできちゃった。まことに結構だとも考えられるけれども、同時に無意識的にできているところに、大変弱みがあるわけだな。そういう点で、日本というのは非常に特殊的な国だと思うな。
堀田 
 それは日本語なら日本語一ヵ国語だけでどこに行っても通ずるなんていう国は、そう沢山ないですよ。その点も特殊だな。
桑原 
 それから王様というものが、大体よそでは異民族が多かったわけだけれどね、日本の皇室は日本人だというのが、大体普通の説ですわね。たとえば異民族で天皇家があったとしても、異民族だと、もうだれも思っていませんから、それで天皇一家というふうに思うんですよね。イギリスのノルマン・コンクェストのようによその国から攻めて来たのが王様になるということが、よそにはよくあったけれども。
堀田 
 あっても、とうにインテグレーション(統合)が終っちゃっている。
桑原 
 これは大変重要な要素だと思うんですよ。今まで日本の歴史家は、こういう日本の特殊性を十分に強調していない。日本文化の特質を考える場合には、侵略、被侵略がなかったことをもっと重視しなければいけないな。明治になってからは別ですよ、その前には、侵略、被侵略はなかったですね。あまり理屈をいわないでも話がわかる。俳句というのができるわけだ。
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