柄谷行人氏ロングインタビュー  普遍的な世界史の構造を解明するために  『世界史の実験』(岩波新書)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月1日 / 新聞掲載日:2019年3月1日(第3279号)

柄谷行人氏ロングインタビュー
普遍的な世界史の構造を解明するために
『世界史の実験』(岩波新書)刊行を機に

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世界史の実験(柄谷 行人)岩波書店
世界史の実験
柄谷 行人
岩波書店
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思想家・柄谷行人氏が、三年振りの語り下ろし著作『世界史の実験』(岩波新書)を、二月二〇日に上梓した。一九六九年、批評家としてデビューした直後に取り組んだ問題と、『世界史の構造』以来思考してきたテーマを合わせて、自らの理論をさらに〈更新〉する著作となった。また、島崎藤村と柳田国男を比較考証しつつ論じた「実験の文学批評」は、〈文学〉から遠ざかっていた柄谷氏の、久し振りの文学批評である。果たして、柄谷氏の中に回帰してきたものとは何か。お話しをうかがった。  (編集部)
第1回
六〇年代から現在まで

柄谷 行人氏
――柄谷さんは、一昨年『坂口安吾論』と『柄谷行人書評集』を刊行されていますが、書き下ろしの御著書は、二〇一六年の『憲法の無意識』以来三年振りとなります。第一部のⅠ「柳田国男論と私」において、執筆までの経緯を詳しく語られています。『遊動論』の時のインタビューの際も伺ったのですが(『読書人』二〇一四年二月二八日号)、批評家としてデビューし、かなり早い段階で、「柳田国男論」に取り組んでおられます。それとほぼ同時期に、「マルクスその可能性の中心」の連載もなさっています。本書「あとがき」にもあるように、最初期に向きあった問題が、今回、柄谷さんの中に「回帰」してきた。マルクスについては、常に頭の中にあったと思いますが、柳田国男は、いわば後景に退いていた、あるいは意識の底に沈んでいたといってよいかと思います。それが、二〇一一年以来「回帰」してきたのだと。柄谷さんが援用されるフロイトの言葉を借りれば、「抑圧されたものの回帰」のようなものだったのでしょうか。
柄谷 
 今世紀に入ってから、哲学・理論的なものに力点が置かれて、「文学」あるいは「日本」といった問題が視野の外にあったのは確かですね。それが二〇一一年に回帰してきた、といっていいと思います。

――『世界史の実験』は、四五年前に取り組まれた問題に加えて、『世界史の構造』における主要な論点を、合わせてテーマとしています。そのことに関して、やはり「あとがき」で、次のように語られています。「自分の意志をこえた何かが働いていると感じる」。執筆される時には、そうした感覚がいつも訪れるのでしょうか。あるいは、やはり今回は、特異なケースだったのですか。
柄谷 
 そうですね。どうも、柳田論となるとそういうことになるようです。私は二〇一〇年代になって、『世界史の構造』と『哲学の起源』を書きましたが、その次に、柳田国男について『遊動論』を書いた。柳田に関して書いたのは四〇年ぶりです。そして、それで片づいたと思っていました。そのあと、それの余滴のようなエッセイを雑誌に書きましたが、一冊の本として出版する気はなかった。以来、『世界史の構造』の続きとして、「力と交換様式」という問題に取り組んできました。それ以外の仕事はしていません。最初にいわれたように、近年刊行した本は、『坂口安吾論』や『書評集』にしても、大江さんとの共著(『大江健三郎 柄谷行人 全対話』)にしても、はるか前に発表したものをまとめただけです。

だから、今回の『世界史の実験』を出すにいたったのは、自分でも思いがけないことでした。思い起こせば、私は一九七三、四年ぐらいの時に、柳田国男について連載エッセイを書いた。その一方で、マルクスについても連載エッセイを書いていた。つまり、文学と社会科学や哲学、一見すると相反するように見えるものを、同時にやっていた。あるいは、日本のことと世界のことを、同時に考えていた。その後、次第に「文学」や「日本」から離れていったわけですが、それらが「回帰」してきたのではないか、と思います。

――同じテーマについて、くり返し論じる醍醐味、面白さについてお聞かせください。
柄谷 
 それを意識して考えたことはありません。前にやっていたことを、別の観点から見るようになったという程度のことです。私は大体、何かを書き終えたら、それを忘れることにしています。別に努力しなくても、忘れてしまいますけど(笑)。ただ、ある時、昔書いたものをふと思い出し、もう一度考えてみようという気になることがある。それは、巡り合せとしかいいようがありません。柳田についても、二〇一一年に東日本大震災があったあと、ふと『先祖の話』を読みかえしてみて、考えるようになった。それが『遊動論』を書くきっかけです。その辺りの経緯については、第一部の冒頭に、詳しく書いてあります。なぜ今、自分は柳田論をやっているのか、それと『世界史の構造』以来の仕事が、どこでどう繋がっているのか。人に説明するためというよりも、むしろ自分で確かめようと思ったのです。
私は柳田とマルクスを、半世紀以上前から読んでいます。そんなに長くくり返し読んできた思想家は、他にはいません。柳田に関していうと、「日本」の問題を扱っているからといえますが、一つには「文学」にかかわるからです。柳田は「新体詩」の詩人でした。北村透谷、国木田独歩、島崎藤村、田山花袋、……というような連中の間でも、中心人物だったのです。だから、柳田は私にとって、もともと文学の問題であった。今私は、狭義の文学批評からは遠く離れてしまったのですが、原点としての文学批評は今も残っています。

――確かに「プロローグ」を拝読すると、大学の学部生の頃からを振りかえり、一九六九年に評論家デビューし、それ以後の批評家としての足跡が語られています。ある意味で、〈柄谷行人入門〉的なかたちとして読むこともできます。近年の『世界史の構造』以後の読者、もしくは本書で柄谷さんの著作に初めて触れた人たちが、ここから過去の作品に遡って読むことができる。そのための読書案内になっています。《『世界史の実験』→『遊動論』→『日本近代文学の起源』→『柳田国男論』》というルートで、また一方では、《『世界史の実験』→『世界史の構造』→『トランスクリティーク』→『マルクスその可能性の中心』》と、逆に辿りながら読む楽しみもあります。
柄谷 
 今の読者は、昔の私の本をあまり読んでいないでしょうから、どういう順序でどんな仕事をしてきたのか、輪郭だけでもいっておこうと思いました。また自分自身も、ふりかえってみて、六〇年代からの問題・関心が現在まで繋がっていることを確認したのです。
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