柄谷行人氏ロングインタビュー  普遍的な世界史の構造を解明するために  『世界史の実験』(岩波新書)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月1日 / 新聞掲載日:2019年3月1日(第3279号)

柄谷行人氏ロングインタビュー
普遍的な世界史の構造を解明するために
『世界史の実験』(岩波新書)刊行を機に

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第2回
一九三五年の柳田国男

――もう少し、本書を執筆するに至った経緯について伺いたいと思います。『遊動論』を書き終えたあと、まだ「物足りなさ」も感じていらした。それが、「ある本を読んで「閃き」を感じた」と吐露されています。
柄谷 
 ジャレド・ダイアモンドらが書いた『歴史は実験できるのか〔原題:Natural Experiments of History(歴史の自然実験)〕』ですね。ダイアモンドが「自然実験」と呼んでいるのは、つぎのような方法です。多くの面では似ているが、その一部が顕著に異なるような複数のシステムを比較することによって、そうした違いが及ぼす影響を分析する。実は、これは、柳田国男が「実験の史学」でいっていたことです。つまり、柳田は一九三五年の段階で、ダイアモンドらの「自然実験」と似たようなことを定式化していた。それが「実験の史学」なのです。

ダイアモンドの本は、以前から読んでいました。ただ、『銃・病原菌・鉄』や『文明崩壊』を読んだ時には、柳田と同じ方法に基づいているとは気がつかなかった。『歴史は実験できるのか』を昨年読み、そのことに初めて気がついたわけです。そうして、残念に思うのは、ダイアモンドの仕事を紹介したり推賞している人たちが柳田のことを何も知らない、ということです。他方、柳田に関する専門家も、柳田がやっていたことが「自然実験」であったことを知らない、ということです。

柳田は一九二一年に、国際連盟委任統治委員としてジュネーブに滞在しています。そこで太平洋の島々の委任統治の仕事に従事した。その仕事を通じて「島」というものについて考え、比較考察をもとに世界史を見直す方法を学んだ。それが「実験の史学」につながってくる。だから、それ以前の柳田、『遠野物語』や『山の人生』の柳田とは違うんですよ。「実験の史学」といった時、彼は世界史について考えていたのです。太平洋の島を考えることから、世界の歴史を見ている。日本列島も太平洋諸島の北端に位置しているのであって、世界史の文脈で考えていくことができる。

日本の国学者は、中国大陸の文化に対して日本という島の文化を考えようとした。しかし、柳田がいう「新国学」はそれとは違う。柳田は、日本列島を太平洋の島々の延長において見ようとした。その点で、パプア・ニューギニアから世界史を見ようとしたダイアモンドを先駆けるものです。柳田にとって、日本は「実験」に適した稀有な場所だった。このことは、日本中心主義とは無縁です。柳田は日本列島を歴史学的に宝庫であり、特権的な場所だとは考えたけれども、国学者のような思念はまったくなかった。  

一般に、その点が誤解されています。たとえば、柳田は一九〇九年に郷土研究会を始めた。しかし、それは郷土主義と無縁です。彼は、ある郷土が特異であると考えるような「地方主義」を否定しました。「真の地方主義は事実を確かめること、そうして結局はどこにも飛び抜けて珍らしいことはないという結論に行くつもりでなくては駄目です」という。要するに、比較研究=実験が大事だということです。

郷土研究は、もっと広く、普遍的な人類の歴史を追究することでもあると、柳田は考えていたのです。彼が郷土研究会を開始したのは、台湾で知り合った新渡戸稲造と一緒に、です。さらに、新渡戸に頼まれて国際連盟で仕事をするようになった。したがって、柳田にとって、ジュネーブは別に郷土から離れることではなかったのです。またそれは、西洋に行くと同時に、「島」に行くことでした。国際連盟による、太平洋の諸島の委任統治という仕事ですから。

たとえば、「方言周圏論」というと、柳田が独自に考えだした理論だと考えられています。しかし、これは彼がジュネーブにいたとき、フランスの言語地理学から学んだ考えです。柳田も自分が考えた理論だとはいっていない。ある意味では、昔からいわれていることです。たとえば、宣長は『玉勝間』で、「ゐなかに古へのわざの残れる事」を論じています。これは地方の言葉や慣習に古い形態が残っているという意味です。ところが、宣長はそれを比較=実験するのではなく、もっぱら『古事記』という文献の研究に向かった。柳田が宣長を批判するのは、そこです。
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