柄谷行人氏ロングインタビュー  普遍的な世界史の構造を解明するために  『世界史の実験』(岩波新書)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月1日 / 新聞掲載日:2019年3月1日(第3279号)

柄谷行人氏ロングインタビュー
普遍的な世界史の構造を解明するために
『世界史の実験』(岩波新書)刊行を機に

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第2回
昨年12月、厚生労働省は国費削減のために生活保護支給額の大幅な見直しを行った。当初最大13%減の見直し案を提示していたが、国民から批判が殺到し、結局、最大5%減にとどめることを発表した。そうした中で発売された小林エリコ『この地獄を生きるのだ うつ病、生活保護。死ねなかった私が「再生」するまで。』は、医療や福祉制度への様々な内部告発を含む記録的エッセイとして、非常に重要な本である。

本書の内容はサブタイトルに集約されている。著者は短大を出て小さな出版社で漫画編集者となるが、そこは休みなく働いて月収12万というブラック企業。著者は鬱になってしまい、最終的には自殺未遂を図る。精神障がい者の認定を受けた著者はデイケアに通い始めるが、そこでも充足感を得られず再び自殺未遂を起こす。やがて生活保護を受けるようになるものの、何もせずにお金をもらうことに強い罪悪感を覚え、一刻も早くこの生活から抜け出したいと願う。

興味深いのは、〈生活保護を受けたことで、私は絶望の淵に追い込まれた〉と言いながらも、〈少なくとも私は生活保護によって助けられたのだ〉と、その制度の重要性を説いているところ。生活保護下にあることで社会から孤立するのを嫌いながらも、権利としての生活保護は守られべきだと認識しているのだ。このアンビヴァレントな想いは、実は多くの生活保護受給者の実感なのかもしれない。

今年1月、札幌市のマンションの一室で、遺体で発見された40代の姉妹が、生活保護申請が認められず窮乏を極めていたことが明らかになった。姉の湖末枝さんは体調不良に苦しみ3度にわたって区役所に窮状を訴えていたが、生活保護を受けることができなかったのだ。そうした事件を耳にするにつれ、生活保護に関する著者の主張は一定の説得力を持つ。だが一方で著者は、働くことによって社会とつながりたいという強い欲求を常に抱えている。それはこんな記述からも明らかだ。

〈当事者研究を行ったことでわかったことは、私が自殺未遂を繰り返すのは人とのつながりを猛烈に欲しているからだということだ。薬をたくさん飲んで病院に運ばれると医者や看護師が優しく接してくれる。いつも一人で過ごしているけれど、病院に運ばれるときは人とつながっている。大量服薬という手段を通して私は人とつながっているのだ。〉(本書P51)

もちろん、どんな仕事でもいいというわけではない。著者はデイケア時代にお菓子屋をやったことがあるが、まったく肌に合わずストレスで病んでしまう。一方、漫画編集者など自分の能力や特性を活かせる仕事に就くと本領を発揮できたという達成感で満たされる。よく、非就労者に対して「とりあえずなんでもいいから働け!」という声があるが、果たして本当にそうだろうか? と本書を読むと思う。多くの人にとって、自分が他人から必要とされており、社会に貢献できているという実感がなければ、本書の帯にある〈普通に働いて、普通に生きたかった。〉という願いは、叶わないのではないだろうか。

また、行政の機械的な対応への著者の怒りにも注目すべきだ。ケースワーカーを女性にしてほしいという願いは聞き入れられず、贅沢品を持っていないか家の中をチェックされるなど、デリカシーを欠く行為が目立つのだ。そうした中で著者は個人としての尊厳を踏みにじられたように感じたのだろう。

この辺は、行政のセーフティネットからこぼれ落ちてしまう老人を描いたケン・ローチ監督の映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』にも通じる話だ。行政の事務的で冷酷な対応に苦しむ主人公は、<人間は尊厳を失ったら終わりだ>という印象的な言葉を残し、職業安定所をあとにする。本書に感じ入った読者には、『わたしは、ダニエル・ブレイク』もぜひ見てほしいと思う。
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