柄谷行人氏ロングインタビュー  普遍的な世界史の構造を解明するために  『世界史の実験』(岩波新書)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月1日 / 新聞掲載日:2019年3月1日(第3279号)

柄谷行人氏ロングインタビュー
普遍的な世界史の構造を解明するために
『世界史の実験』(岩波新書)刊行を機に

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第7回
九条を推進したのは誰か

――第二部の後半で論じられる「双系制」についてお伺いします。『遊動論』でも取り上げられていたトピックですが、エマニュエル・トッドの『家族システムの起源』を踏まえて、かなり推し進めた論を展開されています。
柄谷 
 エマニュエル・トッドは、人類の最初の家族形態は、一夫一婦で、父系的でも母系的でもなく、「双方的」だったといっている。そして単系制は父系からはじまり、それに対抗して母系制が生まれたと、トッドはいう。この考えはまだ、一般化していないと思いますが、私から見ると、この点でも、柳田は先行者であったと思います。むろん、柳田は双系制が先行したといっているわけではありません。彼は最初「聟入考」で、「嫁入婚より前に聟入婚があった」といった。だから、高群逸枝は、柳田が母系制論者だと思いこんだけれども、柳田は母系制が最初にあったという考えには賛同しなかった。つまり、母系でも父系でもない状態があったと考えていたのです。ただ、それを双系的と名づけるところまでいかなかった。しかし、柳田は母系制の先行を否定したことで非難されたのです。一九七〇年代には高群逸枝を称賛する村上和彦という学者に「史学を無視する独断」として、罵倒されていたんですよ。『高群逸枝と柳田国男』(大和書房)という本は、たしか毎日出版文化賞をもらったから、それが当時の標準的な見方ではないですか。

――『遊動論』を拝読した時にも感じたことですが、本書を通して、これまでに見たことがなかった柳田国男の新たな姿が浮かびあがってきます。
柄谷 
 くりかえしになりますが、柳田は、社会を変えるという意味での「実験」の可能性を諦めていなかった。柳田の戦前の支持者も、戦後の支持者も考えていないのは、そのことです。戦争末期に、彼は《今度という今度は十分に確実な、またしても反動の犠牲となってしまわぬような、新たな社会組織が考え出されなければならぬ》と書いています。この「社会組織」とは何か。いろいろありますが、何といっても、それは「憲法」ということに尽きるのです。

柳田は戦後すぐに、枢密院顧問として新憲法制定の審議に加わった。その審議の記録はないのですが、憲法九条を推進したのは、柳田なのではないか、と私は思います。彼は敗戦の四日前に、「いよいよはたらかねばならぬ世になりぬ」(『炭焼日記』)と書いていた。その場合、具体的に何をするのか、わかっていたと思います。先にいったように、憲法九条はパリ不戦条約から来るものです。ジュネーブの国際連盟本部にいた柳田には、その辺のことがよくわかっていたはずです。

――最後に一点。今後のことをおうかがいします。最初に、過去の文章は振り返らないとおっしゃっていたんですが、二〇一五年の講演で、次のようなことを述べられています。「私は今、過去の仕事を再検討することを考えています〔中略〕三〇年前に未完に終った「言語・数・貨幣」をこれから完成することも、考えています」(『柄谷行人講演集成1995―2015 思想的地震』)。この言葉を踏まえて、これからのお仕事に関してお聞かせいただけますか。
柄谷 
 今考えているのは、「力と交換様式」についてです。単なる物理的な力ではない。交換様式からくる観念的な力です。先ほどいったように、A・B・C・Dの交換様式によって、それぞれ力のあり方も違ってくる。その意味で、交換様式の問題を、力という観点から考え直す。そうすると「交換様式D」もはっきり見えてくると思います。「言語・数・貨幣」についても、そこからあらためて考えることができるのではないか、と思っています。
(おわり)
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