オカルティズム  非理性のヨーロッパ 書評|大野 英士(講談社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月2日 / 新聞掲載日:2019年3月1日(第3279号)

オカルティズム  非理性のヨーロッパ 書評
書かれるべきテーマを書くべき研究者が書く
百科全書的な視野の広さに加えて、独自の視点と分析を開陳

オカルティズム  非理性のヨーロッパ
著 者:大野 英士
出版社:講談社
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書かれるべきテーマを書くべき研究者がついに書き上げた……。本書を一読して最初に覚えた印象がこれである。たしかに著者は前著『ユイスマンスとオカルティズム』(新評論)で、難解をもって知られるユイスマンスの世界を余すところなく析出した、わが国を代表する「ユイスマニスト」。とすれば、本書がありふれたオカルト本をはるかに凌駕するものであっても不思議はないが、何よりも本書の真骨頂は、オカルティズムを「変遷する世界認識の枠組みの中に、人間の歴史に刻まれた社会現象として記述すること」、つまりこれまで往々にして秘教的な分野の内でのみ語られてきたこの思想を、社会現象として再評価するという志向にある。そのための手続きとして、著者はまずオカルティズム(とエゾテリスム)の特質を相似たもの同士が照応する「相似=類似原理」にあるとし、そこから歴史を通観する。

序章でフランス近代史上有名なラ・ヴォワザンの毒薬事件をとり上げて、毒薬と魔術との関連を指摘し、第2章ではルネサンスの神秘主義に触れて、広義のオカルティズムには高等魔術と民俗的呪術の流れがあるとする。そして第2章ではマルシリオ・フィチーノらの自然魔術と、神霊が介在するダエモン魔術に着目し、さらに古代のグノーシス派やユダヤのカバラー、薔薇十字友愛団、フリーメイソンなどを論じる。第3章の近代オカルティズム前史では、後代の思想や文学に影響を与えたパラケルススやベーメ、さらにスウェーデンボリ(スウェーデンボルグ)やエリュ・コーエンらのイリュミニズムとルソーの自然宗教を検討し、第4章では19世紀のフランス革命期におけるユートピア思想と「左派オカルティズム」、さらにオーギュスト・コントの実証主義やシャルル・フーリエの社会進化・運動論とオカルティズムとのかかわりを考察する。第5章は『高等魔術の教理と祭儀』の著者で、「近代オカルティズムの祖」ともされるエリファス・レヴィの生涯と魔術原理を跡づけ、第6章では聖母出現およびマリア派異端と右派オカルティズムの社会的意味を問う。さらに第7章ではメスマーの動物磁気と精神医学との相克、第8章ではオカルティズムの再興に決定的な役割を果たした心霊術の展開と影響、第9章では19世紀エピステーメー転換と心霊科学の誕生を詳述する。そして、第10章ではユイスマンスを登場させながら、フリーメイソン陰謀説やレオ・タクシルの暗躍、反ユダヤ主義などを再検討し、神なき時代のオカルティズムと題した終章へと向かう。

何よりも興味深いのは、こうした百科全書的な視野の広さに加えて、各章の主題の歴史的・文化的・社会的背景を丹念に叙述しながら、著者独自の視点と分析が簡潔な文体で開陳されていることである。たとえばオカルティズム・エゾテリスムがイタリアやフランスでは「ヘルメス文書」の読解・注解という形で展開されたのに対し、同じ人文主義を基盤とするプロテスタント圏のそれは、ヘルメス主義とは別個に、神の直接的な啓示を内面的に受けた神秘家が独自の仕方で「神智学」ないし「自然哲学」を組織化したとする。この指摘は従来の神智学理解をはるかに越えて独創的である。

こうした著者の炯眼はさらに実証主義にも向けられている。すなわち、著者はプラトニックな恋人を喪ったコントの抑鬱の背景には、神=父を失った十九世紀特有のエディプス・コンプレックス(去勢恐怖)が存在しているとし、その恋人の喪を人類の喪へと転位させて、あらゆる個人の記憶・社会的意味づけを崇拝対象とすることで、コントは「実証的ネオ・フェティシズム」=人類教の祭司へと変貌したとする。そして、実証「科学」は死者による生者の支配を全面的に受け入れることによって、神を否定した死者崇拝の宗教=オカルト科学として自己を再定義したともいう。ここでは実証主義がその対極に位置するオカルティズムと結びつけられている。むろん純真なコント研究者からは、瀆聖的な言説との批判を受けるだろうが、おそらくそれこそがユイスマニストたる著者の期待するところだろう。

もとより宗教や神秘主義は「相反するもの」の融合・一致ないし照応を基盤として成立するが、著者はそれに時代の社会的・文化的・歴史的生態系やエピステーメー転換を絡めながらオカルティズムを論じていく。これはまことに画期的なアプローチであり、それはかつて評者が翻訳したエルヴェ・マソンの『世界秘儀秘教事典』などには明らかに欠落している視座でもある。おそらくその視座の彼方には、単なるオカルト的な世界の再構築のみならず、「正統的」な思潮ないし思想的・社会的運動を地下水脈的なオカルティズムから再検討するという、きわめて挑戦的で壮大な野望――こう言ってよければ――すら潜んでいるはずだ。この困難な作業を託せるのは、著者をおいて他にいない。次作を鶴首する所以である。
この記事の中でご紹介した本
オカルティズム  非理性のヨーロッパ/講談社
オカルティズム  非理性のヨーロッパ
著 者:大野 英士
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
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