思いつきで世界は進む 「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと 書評|橋本 治(筑摩書房)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月2日 / 新聞掲載日:2019年3月1日(第3279号)

その孤立にひとは勇気づけられた
紡がれた言葉は、命を削って灯されたかがり火

思いつきで世界は進む 「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと
著 者:橋本 治
出版社:筑摩書房
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今年一月二九日に急逝した作家橋本治さんの遺著。雑誌『ちくま』の連載エッセイがまとめられた。

身辺雑記と見せかけて、あえてアウェイの話題(政治や経済や国際情勢)を論じている。それもストレートでなく、頭を使わず自分中心に生きている世の人びとを嘆きつつ諭す、変化球だ。橋本さんは極楽から蜘蛛の糸を垂らす仏のよう。慈愛に満ちている。測ったようなその距離感が、このエッセイの妙である。

橋本治さんは、言葉の達人だ。いまの時代の、いや国文学史上の誰よりも、上代語から古典語や近世芸能や明治文学や現代語までのテキストすべてを、骨の髄まで読み込んできた。これらの言葉は、それぞれの時代を人びとが生きた証である。その古典が読まれなくなっている。なんと残念なことだろう。ではそれをわかりやすくして、いまの時代に届けよう。橋本さんは生涯をその活動に献げてきた。過去の時代の人びともいまを生きる人びとも、仲間である。この理解力と包容力の豊かさが、橋本さんは飛び抜けている。

どんなに小さな文章も、また大きな書物も、橋本さんが言葉を紡ぎ出す場所はこの、日本語の滔々たる流れそのものである。そこにうつし出された人びとの生き方の真実である。そこから紡がれる言葉に嘘がないことが、橋本さんの文章の説得力になっている。

エッセイで橋本さんは、かなり怒っている。安直な人びとに対して。めんどうだ、考えたくないと、現政権に投票する。ものを知らなくても、キャハハと笑ってすませる。恥というものを知らないのか。その昔、橋本さんは、左翼学生の言うことがわからなかった。自分の納得したことだけを繋いで歩み、結局正しかった。そのスタイルと、いまの時代の風潮は似て非なるもの。橋本さんはわからないことがあると全力でのめり込む。真面目なのだ。

本書で目をひくのはやはり、「人が死ぬこと」(二○一八年七月)だ。西城秀樹、朝丘雪路、星由里子、…。《平成が終わる「最後の一年」に突入した時期》に、申し合わせたように人びとが亡くなっていく。昭和の終わる一九八九年もそうだった。《多分、人はどこかで自分が生きている時代と一体化している》のである。そう書いた橋本さん自身も、平成の最後の年に亡くなった。

橋本さんは、どんな時代と一体化したのだろう。イデオロギーが効力を失った時代。社会が明確な目標を失った時代。かと言って、個々人が明確な価値観を確立してもいない時代。貧困と言うにはモノが溢れ、豊かと言うには空疎な日常に、誰もが孤立する時代。情報が氾濫しているのに真実が手に入らない時代。そんな時代に、橋本さんは、個であり、例外者であった。決して群れず、しかし人びととこの時代とにコミットし続けるという、独自のスタイルを貫いた。外からは見えない煩悶と苦痛と模索と、諦念と覚醒と覚悟が、他者への優しさとして伝わってきた。人びとは橋本さんの文章を読んで、自分より孤立して生きたものの強い言葉に、勇気づけられたのである。

橋本治さんは巨額の借金を抱え、コツコツ返済する道を選んだ。膨大な仕事をし、数えきれない書物を世に送らねばならなかった。人知れぬ苦労はどれほどかと思う。橋本さんの文章は命を削って灯されたかがり火である。借金を完済して眠りにつかれた橋本さんの仕事の、真価が明らかになるのはこれからである。
この記事の中でご紹介した本
思いつきで世界は進む  「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと/筑摩書房
思いつきで世界は進む 「遠い地平、低い視点」で考えた50のこと
著 者:橋本 治
出版社:筑摩書房
以下のオンライン書店でご購入できます
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