動物園巡礼 書評|木下 直之(東京大学出版会)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
マイページで記事のブックマーク!
ログイン
マイページ登録

トップページ

特集

書評

連載

コラム

ニュース

読書人とは マイページ

読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月2日 / 新聞掲載日:2019年3月1日(第3279号)

動物園―いのちと向き合う現場
ひとと動物たちの泥臭い物語

動物園巡礼
著 者:木下 直之
出版社:東京大学出版会
このエントリーをはてなブックマークに追加
近年、漫画やアニメに登場する実在の土地を訪ねる「聖地巡礼」が流行しているが、本書の著者・木下直之氏が「巡礼」するのは動物園である。ただ動物を見る場所と思うなかれ。かの施設は、氏の言葉では「いのちと向き合う場」であり、それゆえに霊場に似た性格をもっている。

本書が一貫して追求するのは、まさにこの点である。動物園へいこう、と木下氏はいざなう。なぜなら、いまや動物園は、ひとと動物の関係を考える場として欠かせぬものになっているからだ。

巷において語られている、動物園の歴史とはいかなるものだろう。それは、つぎのようになるはずだ。かつて動物園は、人びとの好奇心を満たすべく、珍獣奇獣を捕獲してきて展示するのを常とした。しかし20世紀に自然破壊が進むと、世界のネットワークをつうじて生きものの繁殖につとめ、彼らの保全に協力するようになったのだ、と。

ほかならぬ木下氏も、日本動物園水族館協会(JAZA)とともに、動物園・水族館を種の保全センターに位置づける動きにかかわってきた。しかし『動物園巡礼』のなかでとりあげられるのは、そうした「正史」からはなかなか見えてこない、なんとも泥臭いひとと動物にまつわるエピソードである。

たとえば「おサル電車」。ある研究者が、ロボットが動かす小型電気機関車のアイデアを上野動物園にもちこんだところ、それならサルに運転させてはどうかとなった。人気は上々だったが、サルが菓子をもらうたびに電車を停めるので、ただ運転室につないだままのお飾りと化す。それが「動物の保護及び管理に関する法律」(1973)の制定で、一転「おサル電車」は虐待だ、ということになって廃止されるのだが、一連の流れに長年「おサル電車」にかかわってきた飼育員は憤懣やるかたない気持ちだったという。

もちろん、戦時下の動物園における殺処分の実態や――有名な「花子」がまだ死んでいないのにさっさと慰霊祭をあげてしまった話もある――かつてゾウやサルにとうぜんのように求められた動物芸のことも触れられている。さらに本書では、鳴り物入りで日本にやってきた動物たちが、経営者の都合で、流浪者よろしく施設を転々とするさまが描かれる。カバの「デカ」や「楽平」をめぐるそんなエピソードは戦後だが、似たようなことはなんと徳川吉宗の時代、ゾウの身にも起こっていたのだ!

こうした話題に触れていくと、つくづく、人間はなんて身勝手なんだろうと思う。ところが、本書が示すようにこれは過去の話ではないのだ。繁殖にとりくむようになったはいいが、収容しきれなくなった生きものを他の業者に売りわたす動物園のあることが、乗馬クラブにいたシマウマの脱走事件(2016)によって明らかとなる。

『動物園巡礼』のもうひとつ重要なポイントは、JAZAに属する施設だけをとりあげているわけではないことだ。芦野児童動物園や函館公園、長崎鼻ガーデンパークといった施設も「巡礼」して、オリジナルの日本動物園マップをつくりあげていく。「そこにも日本の動物園の現実がある」と木下氏はいう。先述の、施設を転々とする動物の話も、この問題と切りはなすことはできないだろう。ほかにも、三津シーパラダイスや新江ノ島水族館に目を向け、その歴史をイルカショーとからめながら論じている。

このように、興味深い話題が豊富なだけでなく、軽妙かつユーモラスな語り口のおかげで、つぎからつぎへと読みすすめることができる。本書を片手に、動物園へいこう。わたしたちと、動物たちの泥臭い物語が、いまもそこにある。
この記事の中でご紹介した本
動物園巡礼/東京大学出版会
動物園巡礼
著 者:木下 直之
出版社:東京大学出版会
以下のオンライン書店でご購入できます
「動物園巡礼」出版社のホームページはこちら
このエントリーをはてなブックマークに追加
溝井 裕一 氏の関連記事
木下 直之 氏の関連記事
読書人紙面掲載 書評のその他の記事
読書人紙面掲載 書評をもっと見る >
科学・技術 > 生物学関連記事
生物学の関連記事をもっと見る >