追悼 橋本 治 橋本治がいなかった「平成」|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月1日 / 新聞掲載日:2019年3月1日(第3279号)

追悼 橋本 治
橋本治がいなかった「平成」

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橋本 治氏
三〇年前に昭和が終わったとき、手塚治虫、美空ひばりといった「その時代」を象徴する人たちが相次いで亡くなった。その当時、「人はそのようにして時代とシンクロしてしまうこともある」と喝破していた橋本治までが、平成の終わりと足並みを揃えるように世を去った。そんなわけで、突然の訃報に驚くとともに、どうしてもそのことがもつ意味を考えずにいられない。

平成とは、そこに橋本治が「不在」だった時代である。亡くなられるはるか以前から、彼はこの時代に背を向けていた。同時代を生きる者の視点からではなく、別のところからこの時代を見つめていた。私にはそう思えるのである。

橋本治が四十余年のあいだに成しとげた膨大な仕事――その著作はおそらく三〇〇をゆうに超える――は、格闘の対象によって三つに大きく区分できる。

そのひとつは全共闘以後の時代、つまり自身の生きた「同時代」のもつ意味を確定することだった。一九六〇年代末の学生運動は「政治闘争」というかたちをとったため、そこからはみだしてしまう多くの物事が、本質的な検討を加えられないまま置き去りにされた。橋本治はまず、この時代に芽生えながらも未検討のまま捨て置かれた、新しい感性の意味を言葉にしうる小説家、評論家として世に出た。その最良の成果が、少女マンガ評論『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』と小説『桃尻娘』シリーズであることは言うまでもない。

バブル経済の渦中で終った昭和という時代を『'89』という本で総括した後、橋本治は「同時代」を去る。その後に彼が格闘の対象としたのは、近世から古代まで遡る日本の古典である。最大の達成というべき『窯変源氏物語』と『双調平家物語』はいずれも十数巻にわたる長大な小説だが、単なる「古典の現代語訳」ではない。まったく新しい文体と方法による、現代小説としての「源氏」と「平家」の語り直しだった。

『双調平家物語』を執筆するために橋本自身が作成した詳細な日本史年表は、古代から現代まで変わらずに残る日本社会の奇妙な権力構造を解き明かす『権力の日本人』『院政の日本人』という卓抜な評論を副産物として生んだ。また縄文土器から「亀倉雄策による東京オリンピックのポスター」までの日本美術を平易な言葉で綴った『ひらがな日本美術史』シリーズも、余人には決してなしえない立派な仕事だった。

前世紀が終わった時期には『二十世紀』という本を書いた。写真評論家の西井一夫が編集長を務めた毎日新聞社のシリーズ「20世紀の記憶」各巻に寄せた「巻頭言」をまとめたもので、前世紀の出来事が一年ごとに簡潔に記述されている(西井はこの仕事をやり遂げた直後に逝去した)。この本は「二十世紀という時代」に対するレクイエムであり、その先の時代を生きる私たちは何をすべきかを指し示すものでもあった。

でも橋本治は、二十一世紀に入ってもなかなか「同時代」に戻ってこない。

彼にとって最後の、そして最大の格闘の対象は日本近代文学だった。

二〇〇二年に本格的な文芸評論として『「三島由紀夫」とはなにものだったのか』が出て、第一回の小林秀雄賞を受賞した。「小林秀雄がどんどん近づいてくる」と感じた橋本は、のちに『小林秀雄の恵み』(二〇〇七年)を書く。前者では『豊饒の海』、後者では『本居宣長』と、それぞれの最後の著作が論考の対象となる。『豊饒の海』を書き上げた三島由紀夫が割腹自殺を遂げた一九七〇年は全共闘運動の末期であり、小林秀雄が最後に論じた宣長は一九世紀のはじめに死んだ国学最大の思想家である。この二つを論じることで、橋本治は日本の近代を、その「行き止まり」と「起源」の地点から正確に挟撃していた。

すぐれた評論とはそういうものだろうが、これらのなかで橋本治は自己について赤裸々に語ってしまっている。三島由紀夫に託しては、「友」を待ちつつも同時代にはついに「友」を得られなかった者の寂しさを。小林秀雄と本居宣長に託しては、たとえ一人であっても自在に学ぶことの喜びを。

近代文学との格闘は、坪内逍遥、二葉亭四迷、尾崎紅葉、田山花袋、島崎藤村、北村透谷、そして夏目漱石に至る「日本近代文学の正史」に対して橋本治なりの解釈を行った『失われた近代を求めて』三部作(二〇一〇〜一四年)で完結する。

それと並行して書かれた『巡礼』(二〇〇九年)、『橋』(二〇一〇年)、『草薙の剣』(二〇一八年)といった「現代小説」で、橋本治はようやく「平成」を描く。でも橋本治自身はもうそこに居なかった、少なくとも居たくなかったはずだ。平成は、あまりにも魅力のない時代だったから。

橋本治の後期の小説で私が好きなのは、『リア家の人々』(二〇一〇年)と『九十八歳になった私』(二〇一八年)である。前者では戦前から全共闘までの長い時代が描かれる。後者は東京が大地震で壊滅した「戦後百一年」の二〇四六年頃が舞台で、関東平野になぜかプテラノドンが飛んでいる。

それでいい、「平成」はもう終わるのだから――橋本治はそう思ったのかもしれない。心より氏のご冥福をお祈りする。(なかまた・あきお=フリー編集者、文筆家)
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