精神分析が生まれるところ 間主観性理論が導く出会いの原点 書評|富樫 公一(岩崎学術出版社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月9日 / 新聞掲載日:2019年3月8日(第3280号)

精神分析が生まれるところ 間主観性理論が導く出会いの原点 書評
真に求められる精神分析学を紹介
人間存在に関与しようとするすべての人々に

精神分析が生まれるところ 間主観性理論が導く出会いの原点
著 者:富樫 公一
出版社:岩崎学術出版社
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著者の富樫公一氏は、我国の精神分析学の領域で指導的な立場にあり、しかも世界的水準に達した我国では数少ない精神分析家である。富樫氏の「論著」は、すでに臨床家の間においては必読文献とみなされている。ここでは専門外の読者のために、富樫氏の輝かしい経歴と業績とを、若干紹介しておく必要があるだろう。「精神分析学的自己心理学協会」を創設し、ハインツ・コフートの「自己愛」や「自己心理学」について、精力的に啓蒙活動を行っている。米国ニューヨーク州の精神分析家(この資格取得は非常に難しい)と我国の臨床心理士の資格を共に持合わせ、海外においても数多くの学会発表を行い、国際的レベルでの交流を深めている。それらの活動の成果として、2015年には英米の名門出版社ラウトレッジより『文化を越えたコフートのツインシップ:人間であることの心理学』を刊行した。まさにこれは、日本の精神分析学を含めて人文・社会諸科学にとっての〝快挙〟と呼ぶべき出来事である。

『精神分析が生まれるところ』の内容は、近年の米国精神分析学の動向を十分に踏まえたものであり、コフートから始まりドナ・オランジュに至る間主観性理論や精神分析学が直面している「倫理的転回」の明解な指南書となっている。読者は、この著書の中心的テーマである「倫理的転回」を、それぞれの立場から読み解き、それぞれの場面で活用することができるように構成されている。しかしながら、この著書が「入門書」としても「専門書」としても読むことのできる〝ヤヌスの顔〟(レヴィナス)を持っていることを見落としてはならないであろう。

評者は、時折、次のようなことを想像する。それはもしも精神分析学が、第二次世界大戦が勃発せず、平和なヨーロッパで発展していたならば、現在、精神分析学は、どのような姿や形を表していただろうかと? あの時代は、フッサールの超越論的現象学、カッシーラの象徴形式の哲学、ニコライ・ハルトマンによる存在論の基礎づけ、ルカーチの革命的マルクス主義、フランクフルト学派の批判理論、それに続くハイデガーの存在論の登場。まさしくドイツ哲学の認識論的論争が頂点に達し、新たな存在論の地平が出現した時代であった。この時代に精神分析学とドイツ哲学との交流がなされていたならば、精神分析学の理論体系や臨床実践に多大の影響を与えていたのではないだろうか。

第二次世界大戦はそうした学問的総合の機会を奪ってしまった。おまけに難を逃れて米国に渡った精神分析家たちは、米国への現実的「適応」のために、精神分析学を「力動的精神医学」へと変質させてしまい、次第に影の薄い存在へと成り果ててしまった。しかしながら1970年代、フロイトと同郷のウィーン出身の一亡命青年ハインツ・コフートが、米国のこうした傾向に反旗を翻し、精神分析学に大変革をもたらした。当初は「自己愛パーソナリティー障碍」の解明と治療という限られた範囲であった。しかしながらコフートは、自己愛の慎重な研究を介して、精神分析学の根幹を覆す認識論的変革へと到達する。20世紀半ばから後半にかけての米国の社会的変動期に対応した、より臨床的汎用性を拡大させる新たな「精神分析的自己心理学」の枠組みを提示したのである。コフートに触発され、自己愛の研究を展開した後継者たちは、「間主観性」を基軸にして、自己心理学の「双子転移―共同相互存在」を体系化してゆく。富樫氏は、その論著の中で出会いと交流に焦点を当て、そこにこそ『精神分析が生まれるところ』と述べ、「間主観性が導く出会いの原点」を見出している。それに関しては、小此木啓吾と評者が『臨床ラカン論』において「精神分析学の本質は、相互主体的な生き生きとした〝出会いと交流〟に存在する」と提示したことと重なると思われる。本書が見せる臨床的な明るさとは対照的に、先鋭的解釈学者ジョン・カプートがハイデガーの存在論の解釈から引き出した 〝暗闇の同胞〟にも、富樫氏は考察を深化させている。この〝暗闇〟の奥底にこそ「倫理的転回」の原動力があるのだ。かつて小此木啓吾と評者は「対話的存在論」としての精神分析学を構想したが、富樫氏が強調する「倫理的転回」とは、間主観性と言う認識論的制約を打破して、「精神分析的存在論」へと向かう動向として、位置づけられるのではないだろうか。そしてそこにヨーロッパが平和であったならば実現したかもしれなかった精神分析学の本来の姿を見る思いがする。

乗り越える事の容易ではない欧米文化との壁を乗り越え、今、我国で真に求められる精神分析学を紹介した本書は、それを専門分野とする人々だけでなく、人間存在に関与しようとする人々たちに強く訴えかける内容を含んでいる。
この記事の中でご紹介した本
精神分析が生まれるところ 間主観性理論が導く出会いの原点/岩崎学術出版社
精神分析が生まれるところ 間主観性理論が導く出会いの原点
著 者:富樫 公一
出版社:岩崎学術出版社
以下のオンライン書店でご購入できます
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