カムパネルラ版 銀河鉄道の夜 書評|長野 まゆみ(河出書房新社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月9日 / 新聞掲載日:2019年3月8日(第3280号)

《原像としての少年》
封印された賢治の恋、詩人の〝悔い〟

カムパネルラ版 銀河鉄道の夜
著 者:長野 まゆみ
出版社:河出書房新社
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『銀河鉄道の夜』を読み終えると、「悔い」とか「罪障感」と呼びたくなる感情にひたされる。それはどこからくるのだろうか。作中の、タイタニック号の死者らしき姉弟の痛ましさ? あるいは友人を救うため川に入って行方不明になるカムパネルラへのジョバンニの悲しみ? それとも宮澤賢治の妹トシへの追悼からか。本書は、近年注目されている賢治の恋愛、亡くなった恋人への思いが『銀河鉄道の夜』に封印されていることを追跡する。

物語は、ジョバンニの視点で書かれている『銀河鉄道の夜』を、カムパネルラが再話する形で進行する。「銀河通信社」の記者(けっこうこの人も賢治を語るのだ)が、異世界にいるカムパネルラと交信し実況インタビューするという設定で、物語を複眼化する語りは意欲的な試み。最後に賢治自身も「賢治先生」として会話に加わり、『銀河鉄道の夜』最終部、カムパネルラが川に入る大事な場面で彼をジョバンニと書き間違えてしまったことを告白する(草稿も実際にそうなっている)。カムパネルラはそれを受け、「この瞬間、ぼくはカムパネルラであり、ジョバンニでもあるのでした」と語り、二人は、二人であって一つの存在とされる。

さらにこの主軸の物語を切断するようにして、交信に「中原宙也」が介入し、四度あった賢治の恋愛と作品との関係を解き明かす。タイタニック号の死者らしき少女は、若くして亡くなった二人めの恋人がモデルであるとし、ジョバンニを幼少の賢治、カムパネルラを恋人とつきあう頃の賢治の投影と解釈することで「詩人の悔い」を読む。この部分(「カムパネルラの恋」)は、倫理的な賢治観をこえた『銀河鉄道の夜』像になっている。

実は本作は、「銀河通信社」という設定など、前作『銀河の通信所』と連続している。さらに『賢治先生』、『銀河電燈譜』といった賢治作品と関りを持つ著者の作品群と重ねて読んでもよい。しかし、複数の声を錯綜させ、賢治のテクストを検証して詳細に論じる本作では、これまでの長野ワールドのような物語的飛翔よりも、作品論が前面に出ざるをえない。それをあえて行なったのは、『少年アリス』以来、性や年齢を超越するかのような「少年」を書き続けてきた作者にとって、カムパネルラがどうしても書いておきたい《原像としての少年》だったからに違いない。

賢治の恋愛だけでなく、「心象スケッチ」と作品との関係についても新たな指摘をする。宙也は「心象スケッチ」を「すべての下書きとしてくりかえし再構成される性質を持っている」、「それぞれは半透明の蠟紙のようなものに刻まれ、二重三重に重ねることであらたな世界が生まれました」と語る。これは書く作業を知る作家だからこその着眼だろう。『銀河鉄道の夜』草稿の筆跡から、改稿は速度をもって行なわれていたと私は考えていたが、賢治にとっての定稿への流れは意識的な構築ではなく、長野の書くような、無意識や偶然さえも動員されたものと考える方が実相に近いのではないか。

本書は、周辺資料まで探索し『銀河鉄道の夜』を書く「現場」に作家の視点からアプローチすることで、底深い物語をつむいでいる。本書の達成をふまえ、次はカムパネルラを中心に進行する『銀河鉄道の夜』、すなわち『長野まゆみ版 銀河鉄道の夜』をぜひとも書いていただきたい。
この記事の中でご紹介した本
カムパネルラ版 銀河鉄道の夜/河出書房新社
カムパネルラ版 銀河鉄道の夜
著 者:長野 まゆみ
出版社:河出書房新社
以下のオンライン書店でご購入できます
「カムパネルラ版 銀河鉄道の夜」出版社のホームページはこちら
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