桜島山が見ている 書評|三沢 明郎(幻冬舎 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月9日 / 新聞掲載日:2019年3月8日(第3280号)

桜島山が見ている 書評
西郷、生涯最大の謎に迫る
時代の宿命に名指しされて生まれてきた男

桜島山が見ている
著 者:三沢 明郎
出版社:幻冬舎
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昨年2018年(平成30年)は明治維新から数えて150年に当たる年であった。

西郷隆盛(1827~1877)の同時代人である内村鑑三は「ある意味で1868年の日本の維新革命は、西郷の革命であった」(『代表的日本人』)と述べているが、明治維新を問うことはとりもなおさず、西郷隆盛とは何かを問うことに他ならない。

鹿児島県在住の作家三沢明郎による長編歴史小説の最大の特色は、ペリーやプチャーチンが来航し、新たな時代の到来が目前に迫る時代を背景に、少年時代から、32歳の西郷が僧月照と共に、故郷鹿児島の錦江湾に入水するまでを区切りとして、描かれていることである。

島津斉彬と大久保利通は西郷の生涯を語るに、なくてはならない人物である。西郷を抜擢した斉彬は「お由良くずれ」などの苛烈な時期を経て、薩摩藩第11代藩主に収まるが、薩摩藩の内紛にも、幕閣のリーダー阿部正弘を排斥しようとする井伊直弼を頭目とする溜間詰の古い勢力による陰謀が絡む。欧米列強の襲来に備えるべく、内政の変革が急務の折、進歩と保守両派の抗争が国政と地方政治で二重に続いている状況下、「斉彬の夢」を誰よりも深く信じる者として、斉彬の信頼を得た西郷は「新しい時代」に「希望」を見出していく。

大久保利通は同じ薩摩藩の下級武士の家に生まれ、同じ郷中に育ち、明治維新を成し遂げた盟友として語られるのが普通だが、西郷と大久保の人格と環境はあまりにも異なったと作家は描いている。

斉彬亡き後、斉彬派から斉彬の異母弟・久光の側近に目ざとく転じ、歴史の表舞台に乗り出そうと嘯く大久保を見て、西郷が「お前は恐ろしい奴だな」と言わしめるシーンがある。そこに、討幕後の明治新国家建設を巡って対立し、袂を分かち、西郷を死地に追いやる大久保の将来の姿を、読者は容易に見ることであろう。

西郷51歳の生涯最大の謎は、幕府崩壊に至るまでの西郷とその後の西郷とはまるで別人の感がすることである。この西郷の不可解さがひとり西郷に由来するものなのか、時代がもたらすものなのか。

西郷は多くの作家によって描かれてきたが、とりわけ、海音寺潮五郎の『西郷隆盛』と司馬遼太郎の『翔ぶが如く』など、今まで描かれてきた〝西郷隆盛〟とどう違うのか。

作家は「志士」なるものを知らなかった西郷に、「俺はこいつらと背負っているものが違う。俺は個としての自分ではない。」と吐かせ、誠忠組の一人には「西郷さぁは全体を動かす役を担う大局的な人だ」と言わしめている。

「人は何故か生まれて来る。親も、場所も、身分も、時代も選べない」との作家のことばもその通りであろう。

斉彬との出会い。すべては「天」によって決められていたのだ。西郷も斉彬も、「この時代の宿命に名指しされて生まれてきた男」なのだ。

錦江湾への入水で区切ったことで、最初から何をどう変えようかとはわかってはいなかった西郷が、ただ、生きていく中で、何かを探し求めていく。そんな西郷の姿が描かれている。
この記事の中でご紹介した本
桜島山が見ている/幻冬舎
桜島山が見ている
著 者:三沢 明郎
出版社:幻冬舎
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