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更新日:2019年3月10日 / 新聞掲載日:2019年3月8日(第3280号)

〈芥川賞について話をしよう〉第15弾(小谷野敦・小澤英実)

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第一六〇回芥川賞は、上田岳弘「ニムロッド」と町屋良平「1R1分34秒」に受賞が決定した。他の候補作は以下の四作品。鴻池留衣「ジャップ・ン・ロール・ヒーロー」、砂川文次「戦場のレビヤタン」、高山羽根子「居た場所」、古市憲寿「平成くん、さようなら」。恒例の「芥川賞について話をしよう」第15弾をお送りする(小谷野敦・小澤英実対談)。     (編集部)
目 次

第1回
妥当な受賞作?

小谷野 敦氏
小谷野 
 前回同様、まず候補作全体について、ひと言ずつ意見を述べておきます。今回は、いつにも増して、奇怪な候補作が多かった。とにかく、何が言いたいのかわからない。古市憲寿「平成くん、さようなら」もそうですが、砂川文次「戦場のレビヤタン」にしても、さっぱりわかりません。受賞作なしもあると思っていました。一般に「古市シフト」とか言われているけれども、そういう感じもしませんでしたね。本人は獲るつもりでいたようですが、単に「賑やかし」で候補に入れただけでしょう。それと、SFっぽい作品が三作入っていますよね。豊﨑由美や大森望、杉江松恋といったSF好きの評論家が増えてきているので、そういうのに引きずられている感じもします。もしこういう小説が現代文学の最先端だとしたら、私はもう引退すべきだと思ったぐらいだった。何か新しさを出そうとしているのかもしれませんが、多分成功しない。次からは、もうちょっと私小説系に戻って、候補作を選んで欲しいですね。

二作受賞について言っておくと、二〇一二年、岸田戯曲賞が三作受賞だった時がある。その時に選考委員の野田秀樹が、自分の時も三作受賞だったけれども、決定的にいい作品がなかったという意味だと言っていました。今回の二作受賞は、まさにそれだと思います。いい作品が二作あったのではなく、一作に決められなかったんじゃないか。
ニムロッド(上田 岳弘)講談社
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小澤 
 候補作の中から選ぶなら、「ニムロッド」と「1R1分34秒」の受賞は妥当だと思いました。むしろ、今回は候補作のラインナップに、いつもより違和感がありました。古市さんは私も「賑やかし」だと感じましたし、それは話題づくりとしてあっていいと思うんですが、砂川さんの作品が候補に入ったのはよくわからない。選考会では、最初に受賞作二作と「居た場所」が残り、他の三作は評価が低かったそうですが、私も同じ印象です。今回の候補作は、テーマの共通性や作品同士の関連性がいつもに増して強かったと思います。たとえば「平成くん、さようなら」と「戦場のレビヤタン」が、対照的な死生観を描いていたり、インターネットやバーチャルなものがいまの日本の小説にどんなふうに接合しているかも、候補作を全作読むことで浮かび上がってきます。そうしたマッチングも意識して選ばれているのかな、という感じも受けました。それと、高山さん以外の候補の五作がどれもマッチョな作品でしたね。山下澄人さんが獲った第一五六回の時、岸政彦さんや古川真人さんなど五人すべて男性候補だったこともありますけど、その時はそんな風には感じなかったのに、今回は違った。男子の脳内妄想をこれでもかと読まされた感じがして、あてられました(笑)
小谷野 
 受賞作からいきましょうか。まず「ニムロッド」、これは何が言いたい小説なんですか。私には、さっぱりわからなかった。
小澤 
 おおざっぱに言ってしまうと、世界が終焉にいたった時、人間がいかに生きていくかという話ですよね。人類が進歩・進化していった果てに均質化し、「どろどろに解け合った」ものとなり、世界に自分だけが残る。それを「バベルの塔」や「駄目な飛行機」といったモチーフを絡めつつ、現代の神話めいた作品に仕立てている。
小谷野 
 「バベルの塔」というのは、この小説の場合、何を意味しているんですか。
小澤 
 文明の進歩・進化ということと、言語がばらばらにされてしまったことによって、人類が分断されてしまうこと、両方の意味合いがありますよね。それでもニムロッドは、言葉で小説を書き続ける。また現実世界では、仮装通貨であるビットコインが、言語のメタファーになっていますよね。人類は貨幣によって分断されてきたけれども、現代では、ビットコインが、国を超えた共通の貨幣になりかわりうる。経済と小説をパラレルに置いたのも、巧いと思います。
小谷野 
 最後はアーサー・C・クラークの『幼年期の終り』みたいに、人類がどろどろになって終わる。SF畑の人って、そういう話が好きですよね。あの小説は、三島由紀夫が好きだったんですよね。『エヴァンゲリオン』も、あんな感じの終わり方だった。ただ、小澤さんの解説を聞いても、私には、まったくおもしろく思えない。山田詠美が「小説のおもしろさすべてが詰っている」と評していましたが、褒めすぎじゃないか。
小澤 
 いつもあげ損ねがちな芥川賞ですが、「ニムロッド」は上田さんの作品のなかでも屈指の出来で、これで受賞できたのはよかったなと私は思いました。
小谷野 
 私は、よかったとは全然思わない。とにかくわからない、何がおもしろいのか。石川達三が昔、「最近の小説はわからない」と言って、選考委員を降りましたよね。村上龍がいたら、「全然わからない」とか書いてくれたんだろうけれど、優等生的な選評が多かったですね。
小澤 
 島田雅彦さんは、「間もなく終焉を迎える人間文明への哀歌を雑談風の軽妙な語り口で歌ってみせているところも魅力」だと評していますね。
小谷野 
 その意見もさっぱりわからない。間もなく終焉なんか迎えないんですよ、人間文明は。これから数千年、数百万年は続く。『未来少年コナン』みたいなイメージで、もうすぐ世界が終わってしまうように思ってしまっては駄目です。単に新しさを求めて書いている感じしかしない。大体、SFが純文学に進出してくること自体、私は感心しませんね。うまくいったのは、筒井康隆ぐらいでしょう。
小澤 
 「ニムロッド」は、ファンタジーっぽくもありますよね。非現実的な奇想を描くことは、純文学でも王道じゃないですか。この作品は、人類の終焉という大風呂敷を広げつつも、そこにミクロとマクロの両方をうまく詰め込んでいる。つまり、ビットコインのモチーフを言語と貨幣というグローバルな社会の未来の話とシームレスに、出生前診断(NIPT)や精子・卵子、遺伝子といった人体の組成の話を掛け合わせている。塔を築く話とビットコインを採掘する話とで、上昇・下降という運動も絡めて、構造化が巧みです。また、「僕」の生きる現実世界とニムロッドが書く小説の世界がパラレルになっていて、それぞれがお互いの世界を浸食していく構造をはじめ、全体に村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』に似ている印象を受けました。田久保紀子というファム・ファタル的な女性が、最後に消えてしまうところとかも、村上春樹の小説によく似ています。上田さんは受賞後のインタビューで春樹からの影響を語っていましたが、『世界の終り』をいまの時代にアップデートしたような作品が、春樹の獲れなかった芥川賞を獲ったようで、個人的には感慨深かったです。春樹の影響を公言している新海誠の『雲のむこう、約束の場所』にも飛行機づくりや塔の話が出てきて、かなり似てます。
小谷野 
 「駄目な飛行機コレクション」の最後に、いきなり「航空特攻兵器 桜花」が出てくるでしょ。あそこだけ妙に政治的なものを見せた感じがある。あれも感心しなかった。小澤さんが、村上春樹に似ていると言ったけれど、私は評価していないから、その劣化再生版を読まされても、いいと思うはずがない。今後に期待もできませんね。
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