対談=片山杜秀×山本貴光 魅力に満ちた赤き偏愛 『鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史』(講談社)刊行を機に|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月8日 / 新聞掲載日:2019年3月8日(第3280号)

対談=片山杜秀×山本貴光
魅力に満ちた赤き偏愛
『鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史』(講談社)刊行を機に

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第2回
分からなさを抱きしめ続けた「鬼子」たち

山本 貴光氏
山本 
 さて、書名にされている「鬼子」というテーマ、これは日本の歴史そのものに深く関わる言葉だと思うのです。「鬼子」とは、「親に似ない子」「転じて扱いに困る子。置き所に惑う子」。日本では、古くは中国大陸から、後にはヨーロッパから新たな文化が流入した。それは従来の文化とさまざまに摩擦を起こしながら、いずれとも異なるものを生み出していく。そういう事態が、この日本では常に起こってきました。

私ごとに及んで恐縮ですが、目下、日本語文法史の本を書いています。それもまた片山さんの見立てを借りれば「鬼子」の歴史なのですね。

日本語文法の探究が本格化するのは江戸期のこと。日本語を対象化しようという発想が出てきて、いまでいう品詞の分類や係り結びなど、文法のあぶり出しを国学者たちが試み始めます。同じ頃、蘭学も盛んになり、オランダ語の文法書が入ってきて、これを志筑忠雄などが翻訳します。彼は「地動説」「物質」「鎖国」といった言葉を創案した人でもありますね。のちに日本語の文法で使われる言葉もこの頃に作られます。 

幕末頃の福沢諭吉は時代の変化の割を食った人で、蘭学を学んだと思ったら、英語の時代になった。日本に英文法が入ってきます。

つまり近代化により、一方には江戸の国学者たちの思考、他方には西洋の言語学に端を発する国語学が生まれてくるわけです。この二つをいかに折衷するか、大槻文彦をはじめ明治以降の日本語学者たちは、日本語と西洋由来の文法概念との間で板挟みになりながら文法を考える。驚くことに未だに日本語の文法に定説はないともいわれます。『鬼子の歌』を読んで「鬼子」は過去の話ではないし、音楽だけの話でもないと思いました。この「鬼子」というコンセプトはどのように出て来たのでしょう。
片山 
 言葉自体は、連載に題名をつける必要上、締切ギリギリに出てきたものです。ただ、自分のテーマとしては、「鬼子」という言葉を必ずしもいつも使っていなかったにせよ、随分前からあったものですね。

日本の近代のクラシック音楽作品は、文学や美術、演劇に比べても論じられてきませんでした。例えば夏目漱石や森鷗外や島崎藤村の長編小説のように、山田耕筰の代表的な大歌劇『黒船』が語られることはまずない。それは不公平ではないか。本書執筆の動機です。

おっしゃるように、音楽に限らず、日本という場所には何か固有なものはあるのでしょう。ただ、それだけではまるで成立していない。中国から、西洋から、どんどん入ってくる。柳田國男の『海上の道』のように、何がどこから入ってきたのかの考究がそのまま日本文化論になるくらいです。しかも入ってきたものは層状に積み重なり、互いの層は共鳴したり反発したりする。丸山眞男が「歴史意識の古層」で示した見取り図でもありますね。この新旧の葛藤、もめ方が、日本の文化史としては常に面白い。いや、日本に限る問題でもないでしょう。辺境の国のモダニズムとは、伝統と新しい文化をどう折衷していくかの過程そのものなのだといってよい。必ず表出してくる重大な問題なのだと思うのです。

近代日本文学なら、漱石は英語、鷗外はドイツ語、二葉亭四迷はロシア語を学び、翻訳を経て、伝統的な日本人の思考法や日本語文法とは異なる、近代的な文体を生み出していった。確かにそこには、「鬼子」的な側面が出てきます。ただ文学の場合、日本の読者がゲーテやディケンズやツルゲーネフを原文で読むかといえば、日本語しか読めない層が圧倒的でしょう。翻訳で読む。でも翻訳物はやはりよその国の話だから、日本が舞台の近代小説を読みたい。日本の文学者の需要は自ずと出てくるのです。

西洋美術もそうですね。もともと日本の伝統にない絵の具や筆を使って描くのだから、日本での西洋美術は外から無理やり接ぎ木するような鬼子といえなくはない。しかも言葉がない世界ですから、直接ルノアールやモネを見ればいいということになる。ただモティーフとしては、美術はまずは具象なので、観る方も身近なものを見たい。日本人の肖像や日本の農村風景などを見たい。
山本 
 西洋から借りて来たものを日本の文化に折衷し、新たなものを生み出す。その過程では分野を問わず苦悩がある。ただし文学や美術では、苦労に見合った受容層があったということですね。
片山 
 ところがクラシック音楽はそうはいきません。日本の作曲家が苦労して、西洋近代の音楽のテクニックを学び、シンフォニーや弦楽四重奏曲やピアノソナタを作っても、オペラや歌曲を別にすれば、言葉なしの世界ですから。日本人でもベートーヴェンやモーツァルトを翻訳せずともそのまま聴けてしまう。

日本的なメロディ、響き、リズム、美意識を、いかにピアノやオーケストラに反映させるか。山田耕筰以来、文学や美術と同じ水準で、クラシック音楽が書き続けられてきました。大変な試行錯誤の中で、日本ならではの名曲が生まれてきたと、私は思います。でも世間はそちらにあまりにも関心をもたない。シンフォニーやソナタだと、言葉の壁がない分、日本の好楽家は、いきなり西洋の名曲に行ってしまう。そういう一種の構造的必然によって、日本のクラシック音楽からは漱石や鷗外や芥川龍之介に相当する作曲家がいたとしても、そのように遇されないできている。完全な鬼子扱いである。そこがくやしいじゃないか。そう、私は思っておりまして。

日本の近代の作曲家たちは、西洋的なるものと日本的なるものとの相克に悩み、折衷させられるのかさせられないのか、それが問題だと悩みぬき、自らの心と身体を軋ませながら闘ってきた。それなのに、三島由紀夫や大江健三郎クラスの評価をなかなか受けない。これはやはり、他のジャンルと比べても、愛されない、扱いかねる、可哀そうな鬼子であると思うのです。

私の実体験から申しましても、日本のクラシック音楽の一時代を築いたというような、かなり著名な作曲家にお会いしても、非常に恨みがましい方が多いのです。どうして誰も私の曲を聴かないんだ、と。凄愴の度合いが非常に高い。長年感じてきたそうした思いの中から、今回「鬼子」という言葉が、フッとわいてきた、ということなのです。
山本 
 そのような「鬼子」たちを、片山さんは長年愛し続けてこられたのですね。

山田耕筰、深井史郎や三善晃もそうですが、留学してヨーロッパで学んだ結果、背景の全く違う日本人が、西洋の技法を学んで同じものを作ろうとすることに意味があるのか、という疑問を抱き葛藤に悩みます。その結果、いま片山さんが語られたような、一方では恨みがましさにもなり、同時に他方では創作の原動力にもなっている。そうした見方をすれば、これは、分からなさを抱きしめ続けた人びとの列伝なのだ、と思いました。

この本には、どうやって西洋と折り合いをつけ、日本の何を受け継いでいくのかという、十四人の作曲家たちの葛藤のサンプルが集められています。そしてその葛藤こそが、別の角度から新しい文化を生み出す素地になる。その次第が描き出されているわけです。

こうしたクリエイターたちの相克、逡巡、攻防の取り組みは、いまも続いていると思われますか。それとも現在は、既に克服されて、次のステージに立っているのでしょうか。
片山 
 そうですね。なかなか難しい問題ですが、たとえば幼少年期を欧州で過ごし、最初からあちらの一流の教育を受けたピアニストの安川加壽子などは、日本語がよく分かりませんというぐらい、日本と西欧の文化の差を、超越してくることもあるでしょう。というか、そういう人は超越しているというよりも、自然と最初から西洋人なのかもしれない。しかし、そういう人でないならば、日本の呪縛から免れられない。演歌でも、民謡でも、何とか音頭でも。子ども向けのアニメだって『宇宙戦艦ヤマト』辺りまでは、かなり軍歌ですよ。雅楽の日本と軍歌の日本では同じ日本といってもあまりに違いますが。しかし、日本には違いない。

もっと根本的なことをいうと、先ほど日本語文法の話が出ましたが、日本語を使っている限り、思考法から発音のセンスまで、さまざまな面で西洋の音楽とは、良くも悪くも養成されているものが違っているはずです。たとえば日本語の、主語がどこにあるのか分からないような思考法にならされた人間には、ソナタ形式を肉体化することはできないとか。日本語を母語とする人間は、西洋音楽の形式性とどこかで戦ってしまうでしょうし、日本語の抑揚や間合いも音楽の書き方の問題と絡んでくるでしょう。それから、日本の五音音階の問題もあります。というか、雅楽にお経に御詠歌から、能、歌舞伎、三味線音楽、唱歌に童謡。幼少時に耳に入るものに人間は規定されますから。  
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この記事の中でご紹介した本
鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史/講談社
鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史
著 者:片山 杜秀
出版社:講談社
以下のオンライン書店でご購入できます
「鬼子の歌 偏愛音楽的日本近現代史」出版社のホームページはこちら
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