連載 ベルイマンの映画 ジャン・ドゥーシェ氏に聞く97|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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ジャン・ドゥーシェ氏に聞く「映画/映画作家/映画批評」
更新日:2019年3月12日 / 新聞掲載日:2019年3月8日(第3280号)

連載 ベルイマンの映画 ジャン・ドゥーシェ氏に聞く97

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映画紹介をするドゥーシェ(ル・アーブルにて)
JD 
 映画にしても、経済にしても、それとは別の分野に属する、専門の知識を持たない人々が発見したものが、賢明であることもあります。何かの価値を決めるというのは、その点からすると、非常に難しいことです。ただそれでも、頭がいいに越したことはありません(笑)。しかし、その頭のよさというのは、 明白なものではないのです。
イングマール・ベルイマンの映画
HK 
 話題を変えて、二人の演劇的演出家について話をおうかがいします。ファスビンダーとベルイマンです。ドゥーシェさんはベルイマンの映画を好きで、何度もシネクラブに取り上げているのは知っています。僕も非常に好きな映画監督なのですが、何度見返してもわからないままです。
JD 
 あなたがベルイマンで好きなのは、何でしょうか。
HK 
 おそらく演出の仕方に惹かれているのだと思います。しかし、特に目立った演出が行われていないのも事実です。自信を持って理解していると言えるのは、二つの時代があったということです。つまり、古典的映画作家のベルイマンと現代映画作家のベルイマンがいたということです。それでも、一人の人間が作っていたのは変わらず、何か中心となるものはあり続けていたように感じます。
JD 
 つまり、ベルイマンは時代を通じて変化していったのです。スウェーデンのような美しい文化を持った国で、映画のような新しい文化に向き合わなくてはならない時には、当然のように才能ある人々が出てきます。無声の時代を考えると、シュストレムやスティッレルのような才能を持った映画作家が少なからずいました。しかし、それに次ぐ世代になると、ほとんど誰もいなくなってしまう。そのような文脈の中で、非常に近い文化のデンマークの映画作家ドライヤーや、その他の映画作家に影響を受けながら、1944年に、ベルイマンが姿を表すのです。しかしながら、ベルイマンは名実ともに孤独な映画作家でした。そして彼は一人で、スウェーデン映画を背負うことになります。そのために、多くの困難を抱えていたのです。私たち『カイエ』は、非常に早くから、1953年にはすでにベルイマンを擁護し始めています。
HK 
 『不良少女モニカ』ですね。
JD 
 その通りです。ベルイマンが他の映画監督たちと大きく異なったのは、スカンディナヴィアの演劇の文化に通じていたのです。ヨーロッパの演劇史の中でも重要なものです。しかしそのような重要な文化は、映画の中にはまだ昇華されていませんでした。なので、ベルイマンはその演劇文化を映画の中へと移しこむ必要があったのです。スカンディナヴィアの演劇と映画の関係について、ベルイマンは答えを探すことになりました。彼のたどり着いた答えは、本当に驚くべきものでした。そのために、彼は非常に多くの人から拒否されることにもなったのです。もし最初期のベルイマンについての映画批評を読むならば、彼の映画はスノッブであると理解されていたことがわかるはずです。そのような時代的背景の中で、1953年には私たちがやっと、ベルイマンを大々的に褒め讃えることになったのです。しかし、彼の映画が世間一般に受け入られることになったのは1957年からでした。
HK 
 『野いちご』がきっかけだったということですか。
JD 
 『野いちご』だけではなく他の作品も含めた、その時代のベルイマン映画がきっかけでした。その時代になってやっと人々が「ベルイマンは確かに偉大な映画作家だ」と言い始めたのです。それからだいぶ後のことですが、アメリカではウッディ・アレンが表立って直接的にベルイマンの映画を取り上げることで、彼の知名度は増していきました。
HK 
 個人的には、ベルイマンが偉大な映画作家であることは、彼の映画を一目見ればわかります。
JD 
 その点については注意しなければいけません。ベルイマンが偉大な映画作家であると理解できるようになったのは、ある時期に突如として、人々の映画に対する見方が変化したからなのです。彼が新たな物語の形式を生み出していると、人々が理解する必要があったのです。

HK 
 ベルイマンの原動力は物語から来ていたのですか。確かに、時代を経ても面白い話ばかりです。
JD 
 長年にわたり、人々はベルイマンの物語を理解することができなかったのです。最初期の数本はまだ理解できるも範疇のものです。しかし、彼の持っていたエクリチュールはすでに、その時代の作家のものではありません。

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