堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』(2013) あなたは遠い被写体となりざわめきの王子駅へと太陽沈む|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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現代短歌むしめがね
更新日:2019年3月12日 / 新聞掲載日:2019年3月8日(第3280号)

あなたは遠い被写体となりざわめきの王子駅へと太陽沈む
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』(2013)

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王子駅は京浜東北線、東京メトロ南北線、そして都電荒川線が乗り入れている駅である。1883年(明治16年)に開設された、現在の東北線でも最も古い駅のひとつ。東京都北区の中心地である王子に所在する。

夕暮れ時の王子駅のざわめきの中で、夕日を浴びて絵になる姿をみせているはるか遠くの「あなた」を目に焼き付けているという歌だ。しかし、これはなぜ王子駅なのか。他の駅ではだめなのか。結論からいえば、東京北部の「端っこ」の駅名だからこそ意味がある。

王子という地名は、いわゆるプリンスとは関係なく、子どもの姿をした神様を祀る「王子信仰」があったことに由来する。北区王子の場合は王子神社が由来。王子製紙も北区王子の地に洋紙工場を設置したことを社名の由来としている。「王子」という言葉そのもののきらびやかなイメージとは裏腹に、工場のたくさん立ち並んだ街であり、東京の北のはずれという郊外のイメージもとりわけ東京の地理を知る人には強く喚起されてくるわけである。感覚としては、そこを少し越えたらもう埼玉県に入るという点で、「郊外のぎりぎり手前」といえる地域だ。

そして、そういう場所だからこそ、「太陽沈む」地でもある。この歌の背景には、言ってしまえば都内だけが自分の知っている世界のすべてでその先はもう太陽も届かない暗黒の地だよみたいな考え方が見え隠れしないわけではないのだが、そのロマンティックな表現が愛されている一首である。(やまだ・わたる=歌人)
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