菊地成孔・冨永昌敬(司会=福島勲)公開トーク載録 デュラス/ゴダール対話と映画の夜 トークイベント『ディアローグ デュラス/ゴダール全対話』(読書人)をめぐって|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月15日 / 新聞掲載日:2019年3月15日(第3281号)

菊地成孔・冨永昌敬(司会=福島勲)公開トーク載録
デュラス/ゴダール対話と映画の夜
トークイベント『ディアローグ デュラス/ゴダール全対話』(読書人)をめぐって

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第7回
「四人組」パニョル、ギトリ、コクトー、デュラス

菊地 成孔氏
冨永 
 デュラスは映画を作る人でもあって、ゴダールはそういう意味でも彼女を尊敬していると思うのですが、一方で同年代のフランスの小説家でアラン・ロブ=グリエもそうですが、映画を撮るようになる作家が数人いて、ゴダールはその「四人組」にマルセル・パニョル、サシャ・ギトリ、ジャン・コクトーといった名前とともにデュラスを挙げている。ゴダールはそういう人にこそ興味がある、羨望視しているという気がしませんか?
菊地 
 明らかに小説家に対するリスペクトがありますよね。ゴダールはこの本のなかでも小説を書くとはっきり言っていますが、結局書いていない。僕はよく映画監督志望でジャズミュージシャンになったと言われたり自分で言ったりしますが、ゴダールは文学者たらんとしたのかもしれないし、結構無邪気に小説を書くと言っています。
冨永 
 ゴダールはあれだけ撮っていながら小説を原作とした映画が極端に少なくて、原作があるのは『軽蔑』(一九六三年)くらいではないでしょうか。『愛人 ラマン』を映画化しようとしてたというのは結構画期的だったということですね。
菊地 
 いや、『勝手にしやがれ』(一九六〇年)も原作がありますが、換骨奪胎で使っていないに等しい。
冨永 
 作品数の割に圧倒的に少ない。『軽蔑』はイタリア人のアルベルト・モラヴィア原作ですが。
菊地 
 ゴダールは『軽蔑』で大資本・大女優で映画を撮ることに完全に嫌気がさしたんでしょう。もともと抵抗があったにしても実際やってみておそらく懲りた。
冨永 
 その後の作品は、『はなればなれに』(一九六四年)とか『気狂いピエロ』(一九六五年)ですね。
菊地 
 アンナ・カリーナと婚約した段階が『女は女である』(一九六一年)で『はなればなれに』の時は離婚調停が済んでいて、撮り終わったら離婚するという状態で撮ったと。一般的な噂ですがアンナ・カリーナの浮気が止まらなかったと。
冨永 
 二つ抱えてたわけですね。もう大資本は嫌だっていうのと離婚と。それらが終わった頃が『気狂いピエロ』だった。
菊地 
 『気狂いピエロ』を観るともううっとりします。女に裏切られて、その女の腹をピストルで撃って殺したい。それで最後に死ぬ間際に女に愛してるくらいなことを言われて自分も自殺したいという気持ちが臆面もなく出ていて(笑)。
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この記事の中でご紹介した本
ディアローグ デュラス/ゴダール全対話 (DURAS/GODARD DIALOGUES)/読書人
ディアローグ デュラス/ゴダール全対話 (DURAS/GODARD DIALOGUES)
著 者:マルグリッド・デュラス、ジャン=リュック・ゴダール
翻訳者:福島 勲
編集者:シリル・ベジャン、明石 健五
出版社:読書人
以下のオンライン書店でご購入できます
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