コンテンポラリー・ゴシック 書評|キャサリン スプーナー(水声社 )|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月16日 / 新聞掲載日:2019年3月15日(第3281号)

ゴシックとは何か
起源も、形式も、歴史そのものすら偽りであるゴシック

コンテンポラリー・ゴシック
著 者:キャサリン スプーナー
翻訳者:風間 賢二
出版社:水声社 
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ゴシックという言葉を聞いて、何を思い浮かべるだろう。海外小説に造詣が深い人なら、十八世紀以降にジャンルとなった「ゴシック小説」を思い浮かべるかもしれない。現代サブカルチャーに親しい人ならば、「ゴス」というファッションのスタイル、あるいはこちらのほうが日本という文脈ではポピュラーかもしれないが、「ゴスロリ」を連想するかもしれない。ゴスロリとはゴシック+ロリータのことで、フリルやレースのついたロリータ服がゴシックの特徴である黒と融合しているものだ。

ゴシックというのは何なのであろう。もちろん、本書でもその定義を試みている。そもそもゴシックは、五世紀に登場し暴力的にローマ文明を破壊したゴート族を指す言葉である。が、現在、そのような意味で使っているものはほぼいない。十七世紀に「中世の教会建築様式を回顧的に表現」するものとして用いられ、十八世紀半ばには「ゴシック小説」が登場する。ゴシック小説は、囲い込まれた空間(例えば地下、墓所、秘密の通路、屋根裏部屋、心の奥底)を舞台に、時間的に連続することのへの恐怖、つまり既にそこにある何かに取り憑かれることへの恐れが物語を支配している。作中に出てくるものの意匠は、過去(中世、先祖など)と黒、すなわち理性の光をさえぎる闇に特徴付けられる。

最初に筆者は文学/文化表象としてのゴシックを、ホレス・ウォルポール『オトランド城』(一七六四年)を起源とし、メアリー・シェリー『フランケンシュタイン』(一八一八年)、ブラム・ストーカー『ドラキュラ』(一八九七年)という代表的かつ古典的な文学作品をその下流に位置づけていく。しかし、「ゴシックには起源がない」「形式において常にまがいものである」「偽史の構造はゴシックのテクストに不可欠」とすぐに続ける。起源も、形式も、歴史そのものすら偽りであるゴシックは、現代の映画(『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』)、TVドラマ(『吸血キラー 聖少女バフィー』)、小説(『紙葉の家』)、アート(『人体の不思議』展)、音楽(マリリン・マンソン)、ファッション(アンジェリーナ・ジョリー)と、社会のいたるところに拡散・浸透していると指摘される。ここにあげた作品・現象・人物はほんの一例でしかない。

さらに本書はゴシックを具体的な事象として紹介するために、写真も豊富に収録している。ゴシックとは、極めてビジュアル=視覚的なものであると確認できる。ゴシックは意匠であり、そして衣装でもある。「人は見かけによらない」とは言われるが、他方で『人は見た目が9割』というベストセラーもあった。何かの衣装を着る私たちは、衣装に着られてもいる。この着る/着られるの関係が反転する瞬間、私たちの精神と、精神の入れ物たる身体の関係も同時に揺らぐ。ゴス・ファッションに身を包む思春期の少女たちは、消費の主体でありながら客体でもある。このようにゴシック・カルチャーには徹底的に表層への執着が見られるが、この表層へのこだわりこそが私たちの生きる現代社会の特徴であり、脱身体的で流動化したアイデンティティーの表出ではないか、というのが筆者の見立てだ。

筆者はイギリスのランカスター大学教授。専門はイギリス文学/文化。本書は、ゴシック/ゴスの実践者にとってはもちろん興味深いものだが、現代の若者の文化や消費行動について知りたいものや、大学で文化研究をしている学生が手にとっても有用である。
この記事の中でご紹介した本
コンテンポラリー・ゴシック/水声社 
コンテンポラリー・ゴシック
著 者:キャサリン スプーナー
翻訳者:風間 賢二
出版社:水声社 
以下のオンライン書店でご購入できます
「コンテンポラリー・ゴシック」出版社のホームページはこちら
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