ミステリーで読む戦後史 書評|古橋 信孝(平凡社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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読書人紙面掲載 書評
更新日:2019年3月16日 / 新聞掲載日:2019年3月15日(第3281号)

不安の周辺
現代を含む歴史観を構築する必要

ミステリーで読む戦後史
著 者:古橋 信孝
出版社:平凡社
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 ミステリー小説は大衆小説であり、その多くは時々のベストセラーである。こうした主題と戦後史の接点が論じられること自体は、珍しくない気もする。しかし、筆者が古代文学研究者、古橋信孝となると事情は違ってくる。本書への私の関心は、古橋の古代文学へのアプローチに接し、その解読手法に影響を承けてきたものとして、現代文学をどのように論じるのかにあった。古橋の方法論は、作家に固有性を見出すような近代的芸術家像をひとまず括弧に入れ、テキストの分析に徹する点に特徴がある。個的に突出した表現よりも、テキストの普遍的な力に着目し、これを文学史として編成していく。普遍性とは、共同性と言い換えることもできる。共同性を論点として明らかにする意図で、大衆小説を虚心坦懐に読み解こうというスタンスは面白い。

同時代の社会的事象にテキストを当て嵌めるのでは無く、飽くまでもテキストに表れる主題から表現を自立的に捉えることで、戦後日本の共同性の変遷を浮上させる。古橋の作品論は、テキストを問うものだから、モデル小説であることを必ずしも重視しない。作家を通して、その時代に表れる集団的な無意識としての共同性、小説が作り出す文学空間を論じる。結果的に、1950年代の時事が60年代の文学表現の中に、60年代のそれは70年代にと、大体約10年ずつズレた現れが見出されるようだ。

20世紀後半から21世紀前半、情報化されたメディア社会において、なにもかもが速度を増していると感じられるなかで、文学表現が成熟に必要とする時差は堆積し、これが「戦後史」として提示されていることは新鮮に思われた。

例えば、3・11の復興の遅れは、政治や行政の問題として重大な瑕疵であるが、大衆小説に読み取れる共同性は、未だ時代精神として表れていなのだから、当然ながら不安に成らざるを得ないのだ。本書は、3・11を強調しないどころか、触れていない。なぜなら、ミステリーの主題に未だ成熟が見出されなかったからだろう(これは待つしか無い)。

読後私は、現代の文学に限らず、芸術と現代社会の関係を知りたくて本書を読んでいたことに、ぼんやりと気がついた。個人が生きる時代の速度と、芸術が共同性を得て成熟に到達する時間との時差、その熾烈さを自覚した。自分の中に絶えずある不安は、この時差なのではないか? 様々なミステリーのあらすじが楽しめる簡便さを越えて、本書に通底するメッセージは、この時差と向き合う歴史観を、自分を含む現代にこそ持てということにあるのだと思う。本書掉尾を引いておこう。

「高度成長が見込めることなどありえない社会になりつつあるなかで、どのように未来を描いていいのか、誰もが分からなくなっている。そして価値の多様化のなかで、そういうことを考えること自体の基盤がなくなっている。その共通の基盤は、日本が体験してきた戦後史を振り返ること以外にないのではないかと改めて感じている」。
この記事の中でご紹介した本
ミステリーで読む戦後史/平凡社
ミステリーで読む戦後史
著 者:古橋 信孝
出版社:平凡社
以下のオンライン書店でご購入できます
「ミステリーで読む戦後史」出版社のホームページはこちら
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