文字渦 書評|円城 塔(新潮社)|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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【書評キャンパス】大学生がススメる本
更新日:2019年3月16日 / 新聞掲載日:2019年3月15日(第3281号)

円城 塔著『文字渦』

文字渦
著 者:円城 塔
出版社:新潮社
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文字渦(円城 塔)新潮社
文字渦
円城 塔
新潮社
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『文字渦』には、文字の誕生からその未来にいたるまで、様々な趣向を凝らした十二の短編が収められている。「文字通り」という言葉があるのは、裏を返せば「文字通りではない」状況がある、ということでもあるのではないか。表題作「文字渦」をはじめ、十二の短編に一貫するのは、文字通りではない、文字の上でしか成り立たない、文字の小説だということだ。この小説で語られるのは文字の「正史」ではない。歴史上の文献や人物も登場するが、ほとんどがファンタジーである。だからといって、全く現実に根ざしていないかと言えばそうではなく、そこには我々が普段気にもとめない、文字の本来的な機能についての鋭い考察が現れている。

かつて文人は、俳句を書くときと漢詩を書くときでは筆遣いを変えていたと聞いたことがある。フレキシブルディスプレイが普及し、紙の本を持つ人が少なくなった「梅枝」の世界。そこに登場する境部さんも主張するように、本来テキストとはデータではなく、レイアウトやデザインという表現形態も含めて一つのコンテンツであったはずだ。エンジニアである境部さんが開発した高度人工知能搭載のプリンター「みのり」は、源氏物語の内容を理解し、悲しい場面には涙を流し、手を震わせながら文字を描き出す。そこにはテキストと表現系の結合という、複製技術時代以前の問題が垣間見える。

といった、現在の延長に存在するかもしれない近未来の物語も興味深いが、この小説の一番の魅力は、大胆すぎるユニークさにある。「闘字」は希少言語を求め旅する「わたし」が、中国の奥地で文字と文字を闘わせる遊戯に出会う。「天書」では空に浮かび上がった漢字が「―」を発射し合い、当たると消滅するといった、インベーダーゲームを思わせる場面がある。「幻字」では殺人ならぬ〝殺字〟事件が起こり、文字が『犬神家の一族』のスケキヨよろしく逆さまになって池で死んでいる、という衝撃的な字面(絵面?)が出てくる。衝撃的な字面といえば、SNSでも話題になった「誤字」である。ルビが本文とは異なる物語を語り出すのだ。正直、困惑した。本文を読みながらルビを読むことができないが、かといって本文を読んでからルビを読めばいいのか、ルビを読んでから本文を読めばいいのか、皆目見当もつかない。こういった発想は、日本語でしか表現できなかったのではないか。たとえば中国語でも、難読漢字にピンインを振ることはあるが、あくまで音を表すだけで、一切意味を伴わない。「誤字」は、「真剣」と書いて「マジ」と読み、「強敵」と書いて「とも」と読む、そのような日本語の自由度を極限まで突き詰めたものだろう。

物語の筋を追うばかりが読書の楽しみではない。小説家の自由で突飛なアイデアにぶつかることもまた、貴重な読書体験である。『文字渦』は、電子書籍が普及しつつあるこの時代に紙の本を手に取る意義を、あるいはグローバル化が叫ばれる時代に、日本語で作品を作る意義を、いま一度思い出させてくれる作品である。
この記事の中でご紹介した本
文字渦/新潮社
文字渦
著 者:円城 塔
出版社:新潮社
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