澁澤龍彥×野坂昭如  エロチスム・死・逆ユートピア 『週刊読書人』1971(昭和46)年1月4日号(1月11日号合併)1~2面掲載|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年4月7日 / 新聞掲載日:-0001年11月30日(第858号)

澁澤龍彥×野坂昭如 
エロチスム・死・逆ユートピア
『週刊読書人』1971(昭和46)年1月4日号(1月11日号合併)1~2面掲載

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第5回
ひたすら観念的に 批評精神はサディスティックな欲望

野坂 昭如氏
野坂 
 もの書きも、どうも死に方を研究しなくちゃならないらしくて、そういうことを聞かれたときに何も答えなかったけれども、かりに三島さんの立場をとるとすれば、どうすればいいのかと思うと、これはやっぱりカキ死にですね。
渋沢 
 カキ死にというのは、だけど実際に可能なんですか。
野坂 
 だからけっきょく介錯の役をつとめるのはトルコ女ですよ(笑)。ぼくのほうはもうだめになっちゃうわけだ。そうすると、トルコ娘が一生懸命……
渋沢 
 しかしそれも苦痛だろうね。
野坂 
 あたりはザーメンだらけになってね。
渋沢 
 だから、理想は『エロ事師』に出てくるカキヤですね。あるのかな、しかし、そういうことって。途中でやめて、ラーメンでも食おうなんていうことになっちゃうんじゃないか。
野坂 
 ザーメンつきたらラーメン食おうか、CMに使えますね。(笑)
渋沢 
 あるかな、しかし。あるとすれば心臓麻痺。
野坂 
 やっぱり最後の瞬間は太陽が昇るんじゃなくて(笑)。夕日が沈んだり。
渋沢 
 それも相当つらいですね。やっぱりつらいですよ。そうすると、切腹と同じですね。相当つらいだろうな、やり続けたら。
野坂 
 それを続けるためには、ぼく自身の中に、相当わいせつな観念の世界を構築し続けなければいけないでしょう。だから観念と肉体の相剋になってくるわけで、観念のほうがよほど強ければ、肉体はついに、その観念の猛烈さについていけなくなって、心臓麻痺をおこすわけです。だからどんどんわいせつなことを、女学生のセーラー服からさらに突き進んで、すごいことを考えなくちゃいけない。
渋沢 
 どういうのかな。あなたのように、ひたすら観念的になるというのは、どういうことなんですかね。
野坂 
 もともと弱いですね。弱いことは確かだと思うんです。
渋沢 
 しかし、強い弱いの問題じゃないでしょう。強いといったって、主観的な問題ですからね。
野坂 
 ぼくは、女がヒーヒーハーハー言うのが大っきらいなんですよ。よく、冷めたい女はくだらないというんですけれども、これがまたぼくはまったく逆なんだ。女の人がそういう形で喜んでいるのを見ると、とたんにぼくはいやになっちゃう。
渋沢 
 だから具体的な女というのは、どうでもいいじゃないですか。
野坂 
 だからダッチワイフみたいな、ぼくは自分で、ついに女学生願望がかなえられないから、ダッチワイフを買ってきて、それにセーラー服を着せて、下からこうやってのぞいて見たりしたんですけれども(笑)やっぱりそれじゃだめなんだ。
渋沢 
 それでもやっぱりだめですか、ダッチワイフは。
野坂 
 つまり、あまり目の前に自分の夢と近いものがあるものだから、まただめなんですよ。
渋沢 
 つまり具体的なものは、どんどん消していかなければだめなんですね。
野坂 
 いまのところ、人形というものにはいくらか興味がある。生物とか、わいせつ文書のたぐいには、あんまり興味がないんだけれども、バギナを型どった代物には、ときどきフィッと、八方手を尽くして、そんなものを手に入れて。
渋沢 
 人形が好きだというのは非常にサディスティックなあれであって、さっきからの野坂さんの話では相当マゾヒスティックな面が出てきたけれども、たとえば自分が人形を愛玩するか、自分が人形になるというか、その二つじゃないかと思うな、けっきょく。そういう傾向は、ずいぶん変わるものですよね。人形というのはほんとうに観念的なものだし、サディスティックな欲望というのは、非常に批評的精神に近いものですよね。とにかく男が自己主張したり、あるいは批評したりするのは、非常にサディスティックなものですよ。外へ出ていくのがサディスティックであって、マゾヒスティックというのは、肉体のほうへグッとかえってくるような欲望だと思いますね。だからどっちが集中度が高いかといえば、マゾヒスティックのほうがすごいんじゃないかな。エロチシズムの極致というのは、やっぱりマゾヒズムじゃないですかね。切腹というのはマゾヒズムの極致じゃないかと思うな。
野坂 
 切腹願望というのはわかるんだけれども、切腹しちゃうときに、切腹をしつつ、射精をするわけなんですかね。
渋沢 
 それはわかりませんね。そのへんになってくるとわからない。実際上の効果の問題じゃないでしょう。たとえばオナニーの場合だって、頭の中でほんとうにそれが最高であるというふうになったとしても、はたしてそれが、射精の瞬間において、いちばんいいかどうかということは、わからないじゃないですか。やってみなければ。ノーマン・メイラーが、いいオルガスムとか悪いオルガスムとか言ってますけれども、いくら頭の中でこれが最高だと思っても、やってみて、はたしていいかどうか、そんなことわかりませんよ。案外、つまらないところでやるのが、いちばんいいオルガスムかもしれないじゃないですか。ただ、いいオルガスム、悪いオルガスムというのはありますね。死んだらわからないけれども。
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