待鳥聡史・宇野重規・苅部直・谷口功一トークイベント載録 平成の社会科学を振り返る ―――公共性からコモンズへ|書評専門紙「週刊読書人ウェブ」
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更新日:2019年3月22日 / 新聞掲載日:2019年3月22日(第3282号)

待鳥聡史・宇野重規・苅部直・谷口功一トークイベント載録
平成の社会科学を振り返る
―――公共性からコモンズへ

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第6回
過去から現在、未来へ

田所 
 私は、カナダのインディアン保留地のことを書きました。カナダでは「インディアン法」が残っていますので、あえて「インディアン保留地」と言っています。移民の話とも関係しますので、谷口さんの問題意識と、多少通じるところがあると思います。カナダは、世界で移民の受入れ国としては最も成功していると言ってもいい。この研究会のあいだ、実際に一年間カナダで過ごしましたが、外からやって来た人に対して、手厚い支援を与えている。しかし、インディアン保留地の問題に関しては、いくらやってもうまくいかない。どうしてあそこだけが、ある種の公共性なりコモンズなりがうまく管理されないのか。それを考えることによって、うまくいく条件を見つけることにも役立つのではないか。そんな思いで、書いてみることにしました。「ぎすぎすしている」という感想をいただいたんですけれども、コモンズと言っても、綺麗ごとではないという話をしたかったから、その部分が強調され過ぎてしまったのかもしれません。

書きながらわかったのは、インディアン保留地について生々しく語った文献が、驚くほど少ないということです。実体的にどういう生活をし、何がどうあるのか。カナダ人の友人で、この問題について本を書いている人にも聞いてみましたが、なかなかこれといった資料にぶつかりませんでした。調べ方が足りなかった可能性もありますが、見つけられませんでした。これは、リベラルな人にとっては、正面から語りにくい話題になっているからかもしれません。その点では、谷口さんが勇気を出して語られた問題と通底するところがあります。

もうひとつ。多文化主義を推進しようとしているとともに、今申しあげた通り、移民の受入国として成功している国でありながら、なおかつ問題が大変だと思われるところを書きたかったので、カナダの保留地に絞りました。ただ、ちらりと見ている印象では、アメリカの保留地の現状とほとんど変わりません。コモンズと言う時、皆さんが指摘されているように、出入りの自由さが大事になる。しかし逆に、継続性も必要である。先住民も、過去にいろいろ酷い目にあったことは間違いない。そうした過去の経験によって、集団の継続性が切れてしまうと、江頭さんのネットワークの話にもありましたが、再建が非常に大変になる。過去から現在、未来へと継続していくものがあるという感覚がないと、コモンズの再生産は難しい。これが私の暫定的な結論です。

他の章についてひと言だけ触れておくと、コモンズという概念について、我々は必ずしもきっちりした共通の理解をもっておらず、概念規定があってプロジェクトをはじめたのではありません。その点で不安になった時、宇野さんの思想史的な論考には助けられました。
鈴木 
 私が扱ったのは、宇宙とサイバー空間です。地理的に定義できない場所ですから、そこは必然的にコモンズであって、あまり余計なことを考えずに、ただ書き進めました。考えてみると、商店街や団地、入会といった地に足をつけたコモンズは、ある程度空間的な関係性がありますよね。またメンバーシップがあり、住民や所属している人たちが、アイデンティティを持っている。そうやって作られていくコモンズがある。一方で、誰のものかわからない宇宙空間やサイバー空間があり、そこになんらかの利便性を見出して、ユーザーが集まってくる。非常にアノニマスで、功利主義的で、でもなんらかのルールが必要なコモンズというのは面白いんじゃないか。それが研究会にお誘いを受けた時の最初の直感であり、直観に基づいて書いてみたのが私の章です。そういう意味では、公共性みたいな概念に引っかけずに、功利的な空間をどうやって制御するか。そのコモンズのルール作りに、やや軸足を置いた話になっています。

宇野さんの章を読んだりすると、自分は全然違うコモンズを書いているんじゃないかと不安になったりもしました(笑)。ただ、待鳥さんが対談の中で、「(研究会の発案者でもある)田所さんが想定していたのは、グローバル・コモンズやサイバー空間」であり、「そうしたテーマを扱った章は鈴木さんだけだった」と言ってくれたので、嬉しかったですね。
鈴木 
 丁度先々週ボストンにいたんですけれども、町の真ん中に、「ボストン・コモン」という広場があります。元々コモンズは、こういう空間のイメージなんだろうと思いました。自治体が管理しているんですが、開かれた空間であり、誰もが出入り可能で、しかもそこで、一定の社会的インタラクションがある。それは、宇宙空間やサイバー空間でも、同様に起きていることである。ユーザーとして入った人たちが関係性を築いていき、その関係性を維持したいという意図がある。なんらかの便益があるからですね。ただ同時に、たとえば人類の共有財産であるとか、そうしたレッテルが付くからこそ、みんなで守っていかなければいけない価値や規範が生まれていく。そこが面白いところだと思っています。おそらくコモンズというのは、価値とか規範といった下地がないと成立しない。個々人の便益があって、お互いにぶつかり合う時はぎすぎすするんですが、それでもコモンズを維持しないといけないと考えるようになるのが、コモンズがコモンズたる所以である。だから、社会科学として、我々がいろいろなものを考えていく時に、コモンズの概念が役に立つものになるんじゃないか。そんなことを感じた次第です。
谷口 
 最後に待鳥さんにひと言お願いします。
待鳥 
 皆さんの話をうかがっていて改めて思ったのは、この本全体が「コモンズ大喜利」みたいな感じだということです。「コモンズとかけて、○○と解く。その心は……」と(笑)。その意味では、これで決して終わりではない。本を読まれた方が、自分ならばこういうコモンズの話ができるんじゃないかと考えてくださればいい。本来、本はそういうものだと思います。答えを得るために読む人もいますが、そうではない。あるテーマについて、この人はこう考えるけれど、私は違う考え方だとか、そういう場所、機会として使われるべきものだと思います。今日のこうした場もそうです。みんなが何かを共有し、でも、それに強いられる必要もない。それぞれが自由に考えることができる。そのために、この本が役立てば、編者として一番嬉しいことです。
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この記事の中でご紹介した本
社会のなかのコモンズ 公共性を超えて/白水社
社会のなかのコモンズ 公共性を超えて
著 者:待鳥 聡史、宇野 重規
出版社:白水社
以下のオンライン書店でご購入できます
「社会のなかのコモンズ 公共性を超えて」出版社のホームページはこちら
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